読書感想文


火の車の上で チョンクオ風雲録 その九
デイヴィッド・ウィングローヴ著
野村芳夫訳
文春文庫
1995年8月10日第1刷
定価874円

 「内部の石」に続く大河長編の第9巻。
 本巻前半の舞台は火星植民地。反逆者ディヴォアは火星で実権を握り、地球に対する砦としようとしている。その意を受けた総督スケンクは火星をチョンクオから独立させようと急ぎ、逆にディヴォアに殺害される。まだ準備が整っていないからなのである。
 土星から火星を経由して地球に帰ろうとしていたエルカ・トローネンを人質としてとらえたディヴォアは、トローネン元帥への切り札にしようと考え、かくまっていたエルカの元婚約者ハンス・エバートと結婚させようとする。しかし、ハンスは亡命、そして絶滅させられていたはずの黒人や日本人との出会いなどで人生観を一変させており、エルカを地球に逃す。失敗を悟ったディヴォアは火星からも脱出する。
 後半には〈省〉の大臣たちによる七帝転覆計画がひそかに進んでいた。そんな中で次席大臣の娘ハンナは真の歴史を書いたファイルを手に入れ、操作にきたチェンと出会う。そのチェンは、保安軍の仕事をすればするほど権力の理不尽さと自分の職務の矛盾に苦しんでいる。
 本書では次々と現れる〈七帝〉に対する反逆の計画が上層部にまでおよび、〈七帝〉体制の動揺が決定的になっていく。注目すべきは少女ハンナ。上層のお嬢様でありながら下層社会で苦しむ住民たちの苦しみを共感し、今後の展開に大きな影響を与えそうな人物である。チェンの葛藤もこれでもかといわんばかりに細かなエピソードを積み重ね、そこが説得力のあるところとなっている。さすがに9巻目ともなるとそのような積み重ねが実に効果を発揮してくるのである。

(1999年4月12日読了)


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