読書感想文


神樹の下で チョンクオ風雲録 その十
デイヴィッド・ウィングローヴ著
野村芳夫訳
文春文庫
1996年1月10日第1刷
定価874円

 「火の車の上で」に続く大河長編の第10巻。
 本書の舞台はまずは北米。エメリーが上層の婦人たちから寄付を募って下層へ施設などを作る〈長姉〉運動を開始する。その動きに賛同しながらもタンの武シーに家族を人質として取られているケネディは矛盾に苦しみ自殺してしまう。〈長姉〉運動が軌道に乗り始めたところで北米の〈シティ〉に軌道農場が落下し壊滅状態に。シーはテロリストに殺害され、北米のチョンクオ支配が終わりを告げる。志半ばで欧州に亡命するエメリーとマイケルの夫妻だが、エメリーは故郷の欧州に戻って自分が上層の人々と相容れないことを強く意識するようになり、マイケルと別れ、下層で新たな活動を恥じることを決意した。
 欧州では李ユアンらタンが集まっている囲碁の選手権の会場に王サウリアンの発した爆撃機が襲来、李ユアン、祖マーの二人を除くタンたちが死亡してしまう。ユアンは悩み抜いた結果、アフリカに宣戦布告をし、ついにサウリアンを倒した。しかし、タンがほとんど死亡してしまった〈七帝〉によるチョンクオ支配は大いに揺らぐ。
 また、高チェンは下層に対する保安軍の姿勢や腐敗した支配階級に対する反感を抑えきれず、とうとう軍を辞めて家族と共にプランテーションに移住、新しい生活をスタートさせる。
 本巻では一気に4人のタンが死亡するなど大きく物語が動き出した。私欲によって滅びるものと自分の正義を貫くものの差をくっきりと描く、いわば勧善懲悪というような展開の部分もあるのだが、それがステレオタイプになっていない。これは、相当な分量で一人一人の人物像を細かな部分まで作り上げているからだろう。崩壊しつつあるチョンクオの支配という展開から、この後の方向性がますますはっきりと見えてきたような気がするが、先はまだ長い。どういう予想外の展開があるかわからない。そこが本シリーズの魅力といえるだろう。

(1999年4月14日読了)


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