「ハンニバル戦記[下]」の続巻。
本巻では、改革を目指したグラックス兄弟の悲劇と、平民から執政官にまで到達したガイウス・マリウスの活躍までが描かれる。
共和政ローマではローマ市民であることは必ずしも特権階級ではなかった。しかし、ポエニ戦役以降はローマ市民が特権階級となり貧富の差が増大していく予兆が見られた。それを察知したのがティベリウス・グラックスであった。若くして護民官となったティベリウスは、矢継早に改革の法案を出していく。しかし、急な改革を拒む元老院の策により、着任わずか半年で殺されてしまう。その弟のガイウス・グラックスもまた護民官となり改革を進めようとしたがわずか2年で反グラックス派の奸計にはまりその命を落とすことになる。そのあと登場したマリウスは、軍事の才にたけ一気に執政官に当選するが、政治的な才はなく、ローマの窮状を救うことはできなかった。ローマ周辺の連合国の反乱により、ローマは危機に陥ることになる。
本巻で著者が示したのは、長期的な平和というもののもつ危うさなのかもしれない。長く続いた戦時に対応して作られた法が、平時にも存続することにより特権階級を生み、そして保守的になった特権階級は長期的な視点を欠くことになる。そして、予測し得る危険をさけるために改革を行おうとするものは、その視点が確かであるほど急進的になり、保守派との軋轢を生むのである。
歴史には法則はない。しかし、歴史が人間の営みであるからこそ、よく似た失敗が繰り返される。グラックス兄弟の挫折は後世に残る教訓であるはずなのに、為政者は結局同じつまづきを犯してしまうのである。著者がこの兄弟に同情的になるのは、紀元前に犠牲的な死による教訓を残されていながら、結局は同じ失敗が繰り返される人間というものへの哀悼なのかもしれない。
(2002年9月24日読了)