「陋巷に在り 11
顔の巻」の続刊。
悪悦の手による尼丘攻撃は、しかし太長老を中心とする顔儒の術によりその行く手を阻まれていた。悪悦は単身祠に向かうが、ついに子蓉の前に屈することになる。しかし、長老たちは次々と自刎。残された顔回は自らの手で祠に手をかける。こうして顔儒の礼は残された孔子らによって新たなものへと再生されることになるのである。一方、その孔子は、成城を囲んだまま動きがとれずにいる。尼丘全滅の報を聞いた孔子は、心労から病に倒れる。孔子から全てを打ち明けられた景伯は、成城攻撃を急ぐ。しかし、成城を守る處父は捨て身の作戦でこれに対抗するのであった。
本巻では成城攻防戦と尼丘の死闘が併行して描かれる。孔子の悲願である三城破壊はその性急さにより完遂することなく終わり、心の支えであるべき尼丘の滅亡も孔子の心を大きく揺るがしていく。いわば、孔子にとって転機となるべきできごとであり、顔回にとっても孔子との結びつきを深める事件である。
作者のていねいな筆致はここにいたってその細密さを増し、この孔子の転機を余すところなく描ききっている。そして、完結編である次巻では、孔子と顔回の新たな絆が描かれることになるのだろう。そういう意味でも本書はこの大河長編のクライマックスなのである。
さて、完結編で作者はどのようにこの長い物語に幕を下ろすのだろうか。
(2002年10月4日読了)