読書感想文


陋巷に在り 13 魯の巻
酒見賢一著
新潮社
2002年9月20日第1刷
定価2000円

 「陋巷に在り 12 聖の巻」の続刊。大河長編の完結編である。
 病の癒えた少正卯は、悪悦による尼丘破壊の事実を知り、自分にその責任が負わされ巫祝一族から追放されることを恐れた。彼は全てを孔子のせいであるということにしてしまおうと考えて風評をたてる。そして斉国へ行き、媚術を使う媚女たちを魯国へ送りこむ。いち早く動いた孔子は顔回とともに少正卯の帰国途上でこれを待ち受け、激しい戦いの末にとらえる。処刑された少正卯だったが、媚女たちは魯国に女楽一座を組んで乗りこみ、高官たちを媚術でとりこにした上に、孔子にも媚術を仕掛けようとしたのだった。媚術によって魯国はがたがたになり、孔子と顔回にできるのは媚女たちを魯国から追放することのみ。強力な媚術に対し、孔子たちの礼と気による戦いが始まる。その戦いののち、孔子は魯国を立ち去ることを決意していた。
 儒学というものの根本を、孔子と顔回という師弟の魯国時代の動きをたどることにより問い直した大作。とまあ一口にいえばそうなるが、本作品の魅力はそれだけではない。再三登場する巫術や媚術によりあっけなくバランスを崩し崩壊してしまう人間の精神のもろさ、老荘思想につながっていく「天命」の重さなど、人間のありようについて描いている、そこに魅力がある。
 しかも、すばらしいことに、ここには押しつけがましさや説教臭さは微塵もない。作者は自分の考えをただ淡々と述べるのみであり、それはほとんどがストーリーによって示されるのである。
 本作は、孔子の波乱に富んだ人生の道半ばで終わっている。このことについては、まだその先を読みたいとも思うし、ここで終わった方がよいという気もする。ともあれ、10年を書けた大作が完結した。今後、作者が司馬遼太郎のようなタイプの作家になっていくのか、陳舜臣のようなタイプの作家になっていくのか、ファンタジーを基盤とした新たな方向に進むのか。私は司馬タイプになりつつあると思っているのだが、できればファンタスティックな要素を多く含んだものを新たに創り出していってほしいと思うのである。
 ともあれ、傑作の完結編である。本作品が無事に完結したことに拍手を贈りたい。

(2002年10月5日読了)


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