読書感想文


航路 下
コニー・ウィリス著
大森望訳
ソニー・マガジンズ
2002年10月10日第1刷
定価1800円

 「航路 上」の続刊。
 物語は急展開する。ジョアンナは自分が疑似臨死体験をしている時に入りこんだ世界が沈没直前のタイタニック号であることに気がつく。なぜタイタニック号なのか。彼女は、高校時代の恩師が授業中にタイタニック号の話をよくしていたことを思い出した。そこで恩師の消息を調べるのだが、恩師はアルツハイマー症にかかっていて、まともな会話もかわせない。恩師の姪で介護をしているキットと親しくなったジョアンナは、キットに頼んで恩師の蔵書を調べてもらう。また、看護婦である友人のヴィエルや入院患者で災害のノンフィクションがお気に入りの少女メイジーには映画や実話を調べてもらい、自分が体験したタイタニック号が実在のものと同じなのかを確かめようとする。臨死体験の持つ意味とはなにかを追求するジョアンナがたどりついた結論とは。そのジョアンナを待ち受けていた運命とは……。
 臨死体験という素材を用いて、人間の深層意識の本質に迫ろうという野心作である。そして、その野心はみごとにかなえられたといっていいだろう。
 また、物語の展開も下巻では二転三転する。ジェットコースターに乗ったような感覚とでもいうべきか。上巻でゆっくりじっくりと書きこんだものを読者に示しておいて、そこで張った伏線を生かしながらラストまで一気に持っていくのである。
 人間は「死」というものをどう意識するのか。
 本書はそれをエンターテインメントとして描き切った。
 その訳文の読みやすさも特筆すべきものだ。翻訳小説にありがちな直訳的な読みにくさというものがない。こなれた訳文というのはこういう文章のことをいうのだろう。もともと原文でも読みやすい作品だったのだろうが、訳文はそれを損ねることがない。
 エンターテインメント小説のお手本ともいうべき作品である。いやあ、やられた、まいった。とにかく作者の小説のうまさがぎっしりと詰まっているのである。

(2002年9月29日読了)


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