読書感想文


火怨 下 北の耀星アテルイ
高橋克彦著
講談社文庫
2002年10月15日第1刷
定価781円

 「火怨 上」の続刊。
 ついに阿弖流為と坂上田村麻呂の戦いが始まる。当初副将として蝦夷の地に赴いた田村麻呂は、阿弖流為と母礼の策をことごとく見破り慎重に事にあたるが、主将である大伴弟麻呂は蝦夷をあなどり強攻策に出て大敗を喫する。再び田村麻呂が兵を整え征夷大将軍として現れた時、阿弖流為らは彼を後事を託すに足りるものと見て戦わずして蝦夷の民を守る作戦をたてる。田村麻呂は、その策に気づかぬまま、蝦夷を平定していく。それは、都の将として唯一蝦夷を人間として対等に戦った男への、蝦夷の民の敬意によるものであった。
 本書の展開は、これまでの坂上田村麻呂像を大きく覆すものである。戦いは将の器によって決まる。作者は田村麻呂を大きな器の人間として描くことにより、阿弖流為たちをさらに偉大な存在として刻印していく。それは、差別や偏見に対する作者の主張でもあるだろう。
 本書は、人間がただ独り生きるのではなく、周囲の者やその子孫とともにあるのだということを描いている。そしてそれは敗者として歴史に刻まれたものへの挽歌でもあるのだ。まさに作者渾身の一作といっていいだろう。

(2002年11月30日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る