「墨染の剣 上」の続巻。
落ち武者狩りから逃れた宮本武蔵は、豊前国は求菩提山の修験者、学性坊と出会い、山にこもって修養をする。下山した時は、心身ともに鍛え上げられた兵法者となっていた。吉岡伝七郎から逃れて鞆の浦の女郎屋に身を寄せた伊庭半蔵であったが、遊女として働かされていた寿々を助け出したのはその宮本武蔵であった。京に戻った寿々は、堕落した身で伝七郎に会うことはできないと身を隠していた。しかし、吉岡家の者によって見つけ出され、伝七郎と再開を果たす。幸せもつかの間、吉岡家の当主清十郎は武蔵の挑戦を受け右腕を切り落とされて越前に隠遁、さらに武蔵は関ヶ原以来の仇敵である伝七郎に挑戦してくる。死にゆく伝七郎が寿々たちに残したものとは……。
本書では、吉岡家が残した〈憲法小紋〉という素材をもとに、力では勝利した宮本武蔵が女性たちが受け継いだ伝統に敗北するという独自のテーマを読者に投げかける。単純に自分たちだけで力比べをする男性に対し、粘り強く次の世代に向けて種を残していく女性の勝利という図式である。本書の主人公は、だから、寿々でなくてはならない。心ならずも遊女にまで身を落とした彼女の持つ芯の強さこそ、著者が描きたかったものに違いないのだ。
さらに、江戸時代以降、藍染の技術は被差別民のものとされてしまったことや、兵法者が大平の世に不要になってしまったことなどを考え合わせて読むことができる。つまり、本書に登場する人々は、安土・桃山時代から江戸時代にかけて、権力者から切り捨てられていく運命にあるのだ。そのような中で彼らは生き抜いていく。本書は華やかな剣豪小説ではない。そのように見せかけてはいるが、踏みつけられながらも生きていく人間の本当の強さを描いた秀作なのである。
(2003年1月9日読了)