読書感想文


宮本武蔵 決闘者 3
柴田錬三郎著
集英社文庫
2000年8月25日第1刷
定価762円

 「宮本武蔵 決闘者 2」の続巻。完結編である。
 高野山で宍戸梅軒と相対した武蔵は、奇策を用いてこれを下した。そのあと江戸に下った武蔵は、3年間無為な日々を過ごす。二代将軍秀忠の世は既に兵法者の生きる世ではなかったのである。ただ仏像を作り、それを妻六が売って暮らすという日々。秀忠に召しかかえられた剣豪御子神典膳も、その腕をふるう機会なく世を送っていた。典膳と対面した武蔵は、時代が変わったことを実感して江戸を去る。一方、武蔵の弟子、伊織は、沢庵の紹介で洗心洞幻夢という戦うことのない剣豪に預けられ、自然のままに剣をふるう二天一流を編み出していた。佐々木小次郎は細川忠興に召しかかえられ、九州全土にその剣の腕前を知られる兵法師範として名を馳せるようになる。しかし、その品性の卑しさを見抜いた長岡佐渡は武蔵に小次郎と決闘するよう依頼する。豊前へ行く途中、熊野権現で薙刀の秘伝を伝える宮崎湛九郎と試合をし、老いた武者を心ならずも倒してしまう。その娘、佐久に心を奪われた武蔵は、一夜限りの契をかわし、海賊船に乗って瀬戸内へ。妻六、伊織と再会した武蔵は、とうとう小倉城下に入り、小次郎との決闘に臨む。強敵小次郎に対して武蔵がとった奇策とは。小次郎との決闘との後に待っていた、伊織との決闘の行方は……。
 小次郎は、一人の女性を愛したことから人間味をもち、武蔵に敗れる。その武蔵も伊織との決闘中に伊織を噛もうとしていた蝮を切ったがために不覚をとった。武蔵も、小次郎も、戦うための機械でしかなく、自然に逆らって生きるものでしかなかった。人間らしい情をもったとたんに、平凡な者と化してしまう。作者は、決闘者の宿命を、そのような形で描き出した。したがって最後に勝利する者は決闘者ではなく、自然に逆らわず心を磨くことを第一に考えた伊織でなくてはならなかったのだ。しかも、伊織はここでは吉川英治が描き出した宮本武蔵の姿によく似ている。作者の描き出した武蔵は、作者自身の手によって吉川版の武蔵に負かされてしまうのである。
 この作品にも欠点はある。途中で意味ありげに登場した人物たちが最後まで出てこなかったりする。自ら張った伏線を忘れたかのように使わない。週刊誌連載ということで、読者の気をひくだけのために付け加えられたようなエピソードもある。そういう意味では、作品そのものとしては感性度はやや低いといえるかもしれない。
 しかし、虚無的なヒーローが人間味をもったとたんに敗れてしまうというテーマは、作者の美学を端的に示したものであり、興味深い。その暗さに心ひかれる秀作である。

(2003年2月6日読了)


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