短編「真説宮本武蔵」をふくらませ中編とし、『日本剣客伝』という複数作家によるシリーズの1冊として刊行されたもの。
本書では、短編版ではたった一行ですまされた佐々木小次郎との決闘や、決闘後に江戸まで出向いて将軍直参となろうと運動した様子、最終的には細川家の「客分」という待遇でなんとか対面を保ったことなどのいきさつがありのまま隠さず描かれている。また、短編版では幾分哀れみを含んだようなタッチで書かれていた武蔵の生涯も、本書ではそのシリーズの性格からか剣客としての評価を高めるような視点に改められている。したがって、短編版では半ば作り話であるかのようにとりあげられていた吉岡一門との戦いも、本書では武蔵側の史料である「二天記」にそった記述がなされている。
しかし、やはり作者にとっては武蔵という存在は思い入れの対象にはなりにくいのであろう。なるべく天才であることを強調してはいるのだが、天才のはらむ人間性の欠陥についても美化することはない。それどころか、「もし宮本武蔵というひとがこんにち存生しているとすれば、私はこのように百里を遠しとせずしてかれのもとにたずねてゆくようなことは、決してしない」とさえ言い切っているのである。
吉川英治のアンチテーゼというよりは、出版社の求めに応じて作者流に宮本武蔵を料理してみたという趣が強い。作者が心ひかれる宮本武蔵は、剣豪としての存在ではなく、画家であり文人である武蔵なのである。
(2003年2月9日読了)