「それからの武蔵 五 熊本篇」の続巻。完結編である。
阿部一族の反乱をきっかけに、細川光尚は側近林外記を排し、肥後国の内政は安定していく。武蔵の胃病は悪化するが、それでも彼は岩殿山に登り、若き禅僧春山の指導を得て座禅にとりくむ。お孝、お悠、そして由利姫の側について武蔵の女性に対する姿勢を熟知していた女剣士お松は、それでも武蔵を愛している自分に気づき、自分の想いが武蔵の参禅の邪魔をしていると考え、自害して果てた。武蔵は産まれて初めて自分のために死んだ女性に対して自責の念を持つ。また、巡礼となった由利姫は、旅先で不具のために巡礼になった少女お咲を道連れに、物乞いをしながら旅を続けていた。参禅の後に真如を知覚した武蔵、身を落とすことにより仏道に至った由利姫の到達した境地とは。武蔵が死の直前に見たものは……。
「五輪書」執筆に至る武蔵の心境の変化を、お家騒動や座禅などを通じて描き出し、釈尊と同じ高みにまで登り詰めたとする。その解釈の是非はともかく、大悟に到達した時の武蔵の描写は劇的であり、イメージしやすい。作者はここをこそ書きたかったのだろうと思われる。
森鴎外の小説で知られる『阿部一族』のエピソードなど、武蔵が直接関わったわけではない話を取り入れるなどして、厳柳島以降極端にエピソードが少なくなる武蔵の生涯になんとかふくらみを持たせようとした努力は評価できるし、数少ない史料から武蔵の後半生というものを描き出した作者の苦心も理解はできる。理解はできるが、ここまでの長さとなると、いささか苦しいところだ。しかし、なんにせよ、あの吉川英治版『宮本武蔵』の続編となるものを正攻法で書き上げた作者の意気込みというものは評価すべきだろう。
(2003年2月18日読了)