「宮本武蔵 一 天の巻」の続巻。
大名に仕官するために奥義を極めたことを証明しなければならないとして、武蔵との試合を試金石とする若い兵法者と、さまざまなしがらみからどうしても本気で戦えない武蔵の苦悩を描いた「未練」。若き日の高田又兵衛に奇策で敗れた思い出を老境の武蔵が懐かしく語る「奇策」。怪我で養生している武蔵が早く回復するようにとウナギをせっせと運ぶ農民の意外な真意を描く「曇色」。武蔵に対してその武名をおとしめる策略を用いたやくざ者と、汚名をはらすか私憤をはらすかで悩む武蔵の姿を書く「汚名」。武蔵を狙う弓の名手との駆け引きと標的を討つためにはどのような手段をもとる男の苦悩が浮き彫りにされる「添寝」。毒ムカデを使ってまで武蔵を倒そうとした敵に対し、敵の繰り出してくる罠を見破ろうと武蔵が苦心する「眼識」。予言者に死相が現れていると断言され、心が揺れてしまう武蔵を描いた「死相」。徳川家兵法指南役の小野忠明の門弟との試合の前に、武蔵を慕う女の死を見取り、試合に遅刻したことにより兵法者としての資質がないと忠明に断定されてしまう武蔵が自信を失ってしまうという衝撃的なエピソード「色香」など、全10編を収録。
人間宮本武蔵を短編オムニバスという形で浮き彫りにするこのシリーズだが、1巻で描かれた物語がこの巻で生きてくるなど、大河長編的な手法も使い、シリーズの統一感を出している。特に「死相」と「色香」は直接物語が続いており、少しずつオムニバスから長編へと転換してくるような感じうかがえる。ここでの武蔵は、自分の生き方に常に疑問を持ち、しかし矜持も捨て去ることができない。凡夫武蔵といえばそれまでだが、そんな武蔵がいざという時に剣豪の真価を発揮するところに展開の妙がある。自信を失った武蔵が次巻以降どのような心境に至るのか、次の巻への引き方もうまいのである。
(2003年3月28日読了)