「宮本武蔵 四 火の巻」の続巻。
江戸で陸奥屋のもとに身を寄せる武蔵に行橋秀之進という有望な弟子ができるが、辻斬りをはたらき金品を奪っていたことが露見し、武蔵は秀之進に断腸の思いで自害を命じる。陸奥屋のたっての希望で花実は養女となり店を継ぐことになり、武蔵と別れる(「別離」)。尾張に立ち寄った武蔵は、徳川義直の兵法指南役として重用されている谷田部十郎の正体をあばくことになる(「決闘」)。姫路についた武蔵は七尾左近之介という兵法者の噂を聞く。白装束で旅の兵法者を次々と倒す左近之介の思いは、自害も殉死も主人から禁じられ死地を求めるというもであり、武蔵はその思いの深さを知り、立ち会うことを決意する(「殉死」)。姫路の赤壁屋道斎のもとにいつづける武蔵は、零落れた兵法者とその息子に出会う。自らの手で実子に手をかけなければならなくなったという過去を持つ兵法者は、太刀を手にすることに恐怖を感じ、牢人に殺されるが、残された息子幹丸はには件の才があった(「父子」)。姫路城主、本多忠刻に気に入られた武蔵は、忠刻が儒学の師と仰ぐ修験者恵仙が、実は過去の遺恨から忠刻を狙う牢人であることを喝破し、恵仙を倒した幹丸を養子とすることを忠刻に認められる。最初の養子宮本造酒之助である(「赤面」)。造酒之助は忠刻の近習にとりたてられた。忠刻は武蔵を客分として手元に置きたがる。また、隣国明石の小笠原忠真もまた武蔵を招こうとする。そのような中で佐々木小次郎の弟子と称する刺客が武蔵を襲う。赤壁屋の娘、紫乃と武蔵の関係をなじって死んだ刺客の言葉に不審を感じた武蔵だが、紫乃は真実を教えてはくれない(「客分」)。武蔵が佐々木小次郎を卑怯な手で殺した上に、その小次郎の縁者の紫乃を我がものとする卑劣漢だという風評が姫路の城下に流れる。忠刻は岩国に残っている小次郎の弟子と決闘するように武蔵に命じ、武蔵は岩国へと旅立つ(「風聞」)。岩国で小次郎の弟子たちと会った武蔵は、紫乃が若い頃小次郎の恋人であったことを聞かされた(「水鏡」)。
盛名が上がり大名から客分になるように懇望され、また養子をとり愛人もできた武蔵が、安定した生き方を選ぶかさらに修羅の道を行くのかで悩む姿が描かれる。剣の道を極めようとする求道者武蔵と心の揺れを隠すことのできない人間武蔵の葛藤という、これまでありそうで実はなかった武蔵像が本巻では特に強調される。自由に生きようとしても人と生きるためには人とのしがらみが必要なのである。悩める武蔵を待ち受けるさらに大きな山がまだありそうだ。
(2003年4月4日読了)