「宮本武蔵 五 風の巻」の続巻。
武蔵は黒田長興の近習、月形主馬助が家宝を壊したことを理由に自害したという事件の真相を明らかにした。事件解決を依頼してきた日野助左衛門ら佐々木小次郎の弟子たちは彼が信頼のおける人物であると確信する(「家宝」)。小倉で武蔵たちが出会った呑龍という僧と、武蔵が後に知った事項などで、巌流島の決闘が細川忠興により仕組まれた小次郎排除の策略であったことが明らかになる。呑龍は、その策略の工作を命じられたが、後味の悪さから武士を捨て出家したのであった(「痛恨」)。小次郎の弟子でまだ武蔵を恨みに思うのはただ一人、結城数之進。彼は幻術師中川紫雲と組み、紫乃を誘拐し、武蔵をおびき出す。幻術を破った武蔵に対し、数之進は紫乃が武蔵に心をよせた理由を明らかにする(「幻術」)。姫路に戻った武蔵は、忠刻の妻、千姫が豊臣秀頼の亡霊に悩まされていると聞き、養子造酒之助とともに亡霊の正体を見極めようとする。亡霊騒ぎの真相を知った武蔵は姫路より離れ、造酒之助も忠刻の父忠政のもとにやられる(「流転」)。園部城下で兵法指南役が次々に無抵抗に殺されるという事件が起きた。武蔵は事の真相を探るが、まだ元服もすませていない少年、田辺伊織がその真相を的確に見抜いていたことに驚く(「俊才」)。本多忠刻が早世し、造酒之助が姫路に帰国する。帰国したのは造酒之助が殉死する覚悟であると武蔵は悟る(「怒髪」)。明石藩の小笠原忠真は、居合いの達人という内田司郎衛門を召し抱えるようにと徳川頼宣より命じられるが、戦乱の世が終わったため、武人よりも文官を任用したい。武蔵は田辺伊織を推薦し、司郎衛門と伊織に軍師として発問をし、的確に答えられた方を任用するという策を授ける。伊織は期待通りの俊才ぶりを発揮し、武蔵の養子となり小笠原家に使えることになる(「裁断」)。尾張の徳川義直のもとに召し出された武蔵だったが、義直は武蔵を気に入らず、8日間の絶食をさせて力が入らなくなったところを結城数之進に倒させようという策を実行するが、武蔵は危地を切り抜けて数之進との戦いに決着をつける(「絶食」)。
造酒之助の殉死、伊織を養子にとったエピソードなど、作者は非常に合理的な理由をつけ、なぜ武蔵が養子をとったのかということについて、読者を納得させる理由を提示する。また、武蔵と小次郎の決闘の理由にもその背景にあるものを明らかにすることにより、新たな解釈を試みている。これは、普通の武蔵小説のようにその生い立ちから描いていたのではこじつけめいたものになるところだが、このシリーズのように巌流島以降から物語を始めたからこそ効果的であり説得力を持つのである。また、本巻ではミステリ仕立てのものが多く、さながら「名探偵・武蔵」といった趣がある。これも他の作家による武蔵像とは違うタイプであり、新鮮である。老境にさしかかる武蔵にとって、ここで示された智恵の冴えが後に生きるという伏線になっているのだろうかというような感じがする。
(2003年4月6日読了)