読書感想文


宮本武蔵 七 霊の巻
笹沢左保著
文春文庫
1997年1月10日第1刷
定価505円

 「宮本武蔵 六 空の巻」の続巻。
 江戸に向かう武蔵は増水で不通となった天竜川の所で足留めをくう。武蔵を狙う刺客が変装をしているのだが、武蔵はその正体をつかみあぐね、疑心暗鬼におちいる(「激流」)。豊橋で牢人たちに囲まれている絵師沢井景月と孫娘於乙を助けた武蔵だったが、於乙は薙刀の名手であった。於乙を我がものとしようとする牢人は景月を殺す。於乙は武蔵の助言で祖父の仇を討つが、殺生を避けようと自ら手は下さなかったものの、助言をしたということは自分が殺生をしたのと同じことと武蔵は悟る(「殺生」)。宇都宮で大名奥平忠昌に稽古をつけた武蔵であったが、負かされて怒った忠昌に感情が剣を曇らせると言い放つ。忠昌はあらゆる手を使って武蔵の感情を乱そうとするが、武蔵はその試練を難なくくぐりぬける。しかし、於乙が、武蔵を仇と狙う結城数之進を慕っていることを知り、感情を乱してしまう(「感情」)。於乙の身寄りを求めて笠間についた二人だったが、彼女の大叔父は亡くなっていた。武蔵はそこで自分の命とひきかえにしてでも主君に諫言する近藤正純と出会い、誠を通すことを目の当たりにする(「忠臣」)。笠間から江戸に向かう二人に対し、各地の小大名が武蔵を召し抱えようと待っている。それをうとましく思った武蔵は偽名を使い切り抜けようとするが、逆にそのために行く先々で邪険に扱われ、自分の武名と自分自身とが乖離していることを思い知らされ、武名とはなにかと悩む(「武名」)。江戸で於乙を薙刀の道場に預けた武蔵であったが、於乙は中町左近という兵法者に横恋慕される。左近に体を汚された於乙は、左近から逃れるために尼寺に身を寄せる。於乙を狙う左近、その左近を倒そうとする数之進、数之進を仇と追う内海兄弟、4人が入り乱れて決闘を行う。なんとか勝ち抜いた数之進だが、尼寺にいた於乙に間違って攻撃され、愛する者を自らの手で殺してしまう(「餌食」)。将軍家光は武蔵に興味を持ち兵法者5名に命じてその腕前を確かめさせる。武蔵の修行している様子を見た兵法者たちは、武蔵の技を妖術と見間違えるが、武蔵は林羅山や天海僧正の前でその修業が妖術でもなんでもないことを説明してみせる(「異聞」)。吉原を作り上げた庄司甚右衛門と懇親である武蔵は、吉原で吉野太夫が旗本に言い寄られて困っているという話を聞き、旗本と立ち合って太夫をあきらめさせる(「遊女」)。武蔵を引見したいという家光の願いを知り、柳生宗矩は妨害工作に走る。武蔵の名を騙る辻斬りが現れ、江戸の町の噂は武蔵の悪名で持ち切りとなった。宗矩が武蔵が大阪の陣で豊臣方にいたことを家光に告げたため、家光は武蔵との引見を取りやめる。剣に打ち込むには雑念の多い江戸を後にする武蔵に襲いかかったのは武蔵の名を騙る辻斬りであった。その正体は数之進で、宗矩は数之進を利用して武蔵の評判を落とさせたのである(「辻斬」)。
 島原の乱の時に武蔵は吉原に通い続けていたというエピソードを、作者はそれが武蔵が女色にふけっていたためとはしなかった。あるいは、武蔵が将軍家の指南役を望んでいたというエピソードも、柳生宗矩の陰謀などをからめて武蔵が望んだことでないという処理をしている。これは、悩み多き武芸者であった武蔵が、経験を重ねることにより求道者として完成しようとしているという物語の流れを断ち切らないようにするという意味では、適切な方法だろう。
 かくして武蔵はついの住処となる九州へと旅立つ。どのような武蔵像が結ばれるのか、期待は高まる。

(2003年4月9日読了)


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