「宮本武蔵 七 霊の巻」の続巻。完結篇である。
名古屋の門弟に別れを告げに立ち寄った武蔵は、城下に出没する賊の正体を見破るが、この命を断つことはない(「消滅」)。大坂で窮地に陥った刀鍛冶の兄弟を赤穂まで無事に連れていった武蔵であったが、その兄は領主の池田輝興に殺されてしまう。輝興は自分の兵法指南役の門人を身替わりに立てるという見苦しいところを見せ、門人を平気で差し出した指南役の筒井一角を武蔵は斬る。しかし、そのあとに残る空虚な思いを埋めることはできない(「衣冠」)。道中で目を痛めた武蔵は、徳山で治療を行うが、そこにつけこもうとした数之進が武蔵を襲う。しかし、武蔵は心眼を会得し数之進の骨を打ち砕く(「暗黒」)。武蔵は、伊織が仕える小倉の小笠原家の客分として初めて平安な日々を過ごす(「安穏」)。しかし、島原の乱がおこり、小笠原忠真の依頼で武蔵は心ならずも軍師格で参陣しなければならなくなった(「参陣」)。武蔵は旧知の松平信綱に助言をしただけで、積極的には戦わず、原城に立て籠る女子どもの投石も甘んじて受ける(「空虚」)。武蔵は小倉の平安な生活を嫌い、忠真の仲介もあり熊本の細川忠利の客分となり、忠利とは心を許す仲となるが、忠利はその後わずか1年で病死する。武蔵は忠利の死に涙するのであった(「精妙」)。細川家を継いだ光尚の依頼もあり、武蔵は霊巌洞に籠り「五輪書」を執筆する。病に冒されながらも武蔵は「五輪書」を完成させ、「われ、此処に滅す。されど、兵法は不滅なり」の言葉を残して最期の時を迎えた(「不滅」)。
小次郎を倒した段階ではまだ悩み多き青年であった武蔵が、いかにして剣の道を極め人格を完成させていったかを短編連作という形で描きあげた作者の思いは、武蔵の末期の言葉に込められている。一つ一つのエピソードを様々な手法で描きながら、全体を読めば大河長編となっているという構成の妙に感嘆した。吉川版「宮本武蔵」を意識しつつも、独自の武蔵像を作り上げただけではない。ここには作者が多数の著作をものする中でつかんでいった小説作法を惜しげもなく投入しているのである。人間の二面性、複雑さ、そういったものが、武蔵を通じて読者に提示される。人間が年輪を重ねていくということはどういうことなのかが、ここには示されているのである。
(2003年4月11日読了)