読書感想文


北野勇作どうぶつ図鑑 その4 ねこ
北野勇作著
ハヤカワ文庫JA
2003年5月15日第1刷
定価420円

 「北野勇作どうぶつ図鑑 その3 かえる」に続く短編選集。
 「手のひらの東京タワー」はかつて東京タワーがあった遺跡で展開される現実と過去の交差する物語。その過去とは、怪獣が町を闊歩し破壊の限りを尽くす世界なのだ。怪獣が存在した世界を現実のものとして描き、不思議なリアリティを産み出している。「蛇を飼う」では、スプーンを曲げる超能力少年を主人公とし、その超能力を〈蛇〉の姿に具現化させる。その妖しいイメージは、スプーン曲げという行為のいかがわしさを象徴するようだ。「シズカの海」は、人類初の月着陸のニュースに接した少女が、感じた〈未来〉への期待と絶望をテーマとしている。明るい未来と終末論が同居していた時代に幼少期を送った世代が共通して経験した、時代の空気を再現してみせている。
 ここで描かれているのは、1970年代そのものの持つ不安感であろう。それはノスタルジーにひたれるものではない。串間努が懐かしげに語るカタログ的な過去とは一線を画しているのだ。そういった空気を独特の描写で表現できる作者の感受性にはうならされるのみである。

(2003年5月18日読了)


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