「赤い月 上」の続巻。
故郷から遥かに離れた満州に渡ってきた森田勇太郎・波子夫妻は、波子の初恋の相手である関東軍の大杉中佐の手引きもあり、順調に事業を発展させていく。もともと自由奔放な性格の波子は、大杉との再会に心をときめかせ、また共和物産の新入社員、氷室に恋心を抱いたりする。しかし、氷室はロシア人女性のエレナと恋仲になる。実は氷室は満州警察保安局の人間であり、エレナはソビエト連邦のスパイであった。嫉妬にかられた波子はエレナの正体を警察に匿名で通報、氷室自ら断腸の思いでエレナを処刑する。敗戦後は、本国から切り離されてしまった日本人たちが、自力で故国に帰らなければならない。ソ連軍の俘虜となった勇太郎は、生死の境をさまよいながらなんとか帰宅したが、すぐに病死。勇太郎を助けた氷室も阿片中毒で廃人になる一歩手前にきていた。波子は、夫の死の直後にもかかわらず、氷室を自宅に引き取って阿片中毒を治そうとする。その姿に反発する子どもたち……。波子たちは時代の荒波をどう生き抜いていくのか……。
すさまじいまでの波子のエゴイズムである。そこには、類型的な銃後の妻の姿はない。自分と子どもが生き抜くために、また、自分の愛する男を生かすために、彼女は自分を頼る人々すら平然と断ち切っていく。極限状態において、人間がどういう行動をとるのか。その姿がまざまざと現れてくる。
本書の主人公は、作者の母親がモデルだという。そして、夫の死後すぐに阿片中毒の男を家に引き取ったのも実話なのだそうだ。作者はそんな母親の行状や行動原理について、美化するわけでも卑下するわけでもなく、一人の人間の凄絶な物語として情感たっぷりに描き出す。「人間を描く」というのはこういうことなのだということを教えてくれる。
傑作である。
(2004年1月17日読了)