「英雄三国志 二 覇者の命運」の続巻。
曹操率いる魏軍と周瑜率いる呉軍は赤壁での激しい戦いに突入する。ここで諸葛亮の知謀ぶりは十全に発揮され、さしもの曹操も大敗、命からがら逃亡するが、諸葛亮の名を受けて待ち受けていた劉備軍の手勢に次々と先回りされ、関羽の恩情があって、やっと曹操は許都に帰還することができた。劉備のもとに蜀の張松が現れ、劉備を王として迎え入れたいという申し出がある。一気に蜀を手に入れるべしという諸葛亮たちの進言に対し、あくまで筋を通そうとする劉備。紆余曲折があり劉備は蜀の地を手に入れる。魏王曹丕は後漢の献帝を廃して皇帝を名乗る。それに対し、劉備も蜀漢の皇帝を名乗り、ここに魏、呉、蜀による三国鼎立の時代がやってきたのである。しかし、関羽倒れ、張飛が死に、劉備もまた天命には逆らえず、諸葛亮は凡庸な皇帝劉禅を補佐しながら、魏を倒すことに最後の力を賭けようとするのである。
ここまでの2巻で活躍してきた豪傑たちが、次々と年老い、そして亡くなっていく。これはむろん自然の摂理であるのだが、作者はこの防ぎようもない世代交代に対して、無常感ともいうべき姿勢で対峙している。また、魏王曹丕が献帝から皇位を禅譲される際の禅譲の申し出を3度ずつ断わるというくだくだしい手続きに対しては「ばかげた手続きであった」と一刀両断にしている。
ここに、作者が追い求め、そして貫いたダンディズムを見る。天命に対して無用の騒ぎをすることもなく、慫慂とそれを受ける。知謀の限りを尽くしながら、その苦労は他人には決して見せない。これこそがダンディズムであろう。しかし、欲望を全面に出しながら形式だけ謙譲するというもったいぶった生き方は、作者の美学に反するのである。
これで「英雄ここにあり」と題されてまとめられた前半部が終了した。この後は「英雄・生きるべきか死すべきか」と題されて上梓された続編が第2部として刊行されることになる。柴田錬三郎の「三国志」を一つにまとめるという発想は、それはそれでいいのだが、内容は元の通りなのだから、この巻で一応完結した形になっているのはなにかおかしい気がする。作者が生きていたら、このようなタイトル改変を望んだかどうか。気になるところである。
(2004年5月4日読了)