読書感想文


沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ一
夢枕獏著
徳間書店
2004年7月31日第1刷
定価1800円

 遣唐使の一員として唐にやってきた日本の留学僧空海。彼は、唐の密教を「盗みに来た」と朋輩である儒学者の橘逸勢に言う。唐語を自在に操り、梵語をもマスターしようという空海に、さすがの秀才逸勢もかなわないと白旗をあげる。折しも唐では皇太子が脳卒中で倒れ、皇帝が逝去し、半身不随の皇太子が帝位につくという状況になっていた。ところが、この状況を予言していた者がいる。劉雲樵という役人の妻を寝取った謎の化け猫と、徐文強という地主の綿畑に出現した奇怪な武人たちである。胡人の妓生、玉蓮やペルシャ人の商人マハメットらとの交流の中でこのような噂を耳にした空海は、逸勢とともに事件の謎を解くために動き始める。
 17年前に「SFアドベンチャー」誌で連載の始まった大河長編がとうとう完結、全4巻にまとめられての刊行開始である。
 物語の枠組みは、「陰陽師」とほぼ同じといっていいだろう。あやかしに対しても豊富な知識と大胆さで対処する空海は安倍晴明の役割であり、普通の価値観を持ち優秀ではあるが空海の技に常に感心しつつそばを離れない橘逸勢には源博雅が当てはまる。ただし、事件の根深さとスケールの大きさはこちらの方が上、という感じか。事件の雰囲気は酒見賢一『陋巷に在り 』を連想させる。中国の説話などにあらわれる蠱術の性質によるものなのかもしれない。
 ともかく待望の完結、そして刊行開始である。茫洋としてつかみどころのない空海というキャラクターがどのように密教の本質をつかんでいくのか。じっくりと楽しみたい。

(2004年8月8日読了)


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