読書感想文


ローマ人の物語16
パクス・ロマーナ[下]
塩野七生著
新潮文庫
2004年11月1日第1刷
定価362円

 「パクス・ロマーナ[中]」の続巻。
 皇帝として完璧であるように見えたアウグストゥスであったが、家庭は不幸であった。彼は自分の血縁者を増やすために実の娘を後継者と目した人物に次々とたらい回しにでもするように嫁がせる。しかし、ティベリウスに嫁いだ娘は孫をなすことなく不倫に走り、アウグストゥス自身が定めた不倫を罰する法に抵触する。アウグストゥスは家父長という立場で娘ユリアを追放刑に処す。期待した孫たちは凡庸に育ち、アウグストゥスの優遇にもかかわらず戦場で失敗し若い命を散らす。結局、何よりも血縁を途絶えさせたくないと願うアウグストゥスが選んだ後継者は娘ユリアの夫であるティベリウスであった。
 アウグストゥスを扱った「パクス・ロマーナ」3冊のうち、本書が一番おもしろい。派手な戦闘はないものの、なんとか縁者を後継者にしたいというアウグストゥスの人間らしい愚かさがはっきりと浮かび上がるからだ。
 アウグストゥスは偉大な皇帝であった。しかし、物語にできるほどの人間的な魅力もエピソードも残っていないのである。それは、手練れである著者の技量をもってしても、この皇帝の時代を劇的に描き切ることができなかったことからもわかる。
 しかし、これだけの業績をあげながら、ここまで物語になりにくい一生を送ったという点で、アウグストゥスの非凡さがわかる。まるで気配を消して忍び寄る剣豪のように、この偉大な皇帝は誰も成し遂げることのできなかったことを成し遂げてみせたのである。
 つまり、為政者としての業績が、アウグストゥスという人物そのものを示しているのだ。だからこそ、著者も徹底してアウグストゥスの業績を詳説することにこだわったのではないだろうか。

(2004年11月13日読了)


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