読書感想文


時の密室
芦辺拓著
講談社文庫
2005年3月15日第1刷
定価819円

 「時の誘拐」に続く「時」二部作の文庫化。
 消費者金融を経営している宇堂という男が路上で殺された。容疑者として拘引されたのは被害者とその友人にゴルフ場で殴られたという汐路という男。弁護士森江春策は当番弁護士として汐路と接見するが、汐路は宇堂が透明人間と争って倒れたという不可解な発言をする。しかし、目撃者の証言もあり、汐路は不利な状況に落ちいっている。森江は汐路がゴルフ場で殴られた事件に注目する。それは、かつて全共闘時代に機動隊であった汐路が学生であった宇堂たちに体が不自由になるまで殴られたという事件に起因していた。ゴルフ場の下働きをしていた汐路は自分の運命を狂わせたかつての革命の戦士たちの俗物ぶりにかっとなってつっかかっていき、逆にゴルフクラブなどで袋だたきにされたのであった。森江は、宇堂たちの仲間を探るうちに、1970年に起きた彼らの仲間の殺人事件、そして明治時代に大阪に置かれていた〈川口外国人居留地〉での密室殺人などの謎にぶちあたる。そして、その謎を解かなければ宇堂殺しの真相もつかめないことが明らかになっていく。明治から全共闘時代、そして現在にいたる迷路のような謎解きが開始される。
 〈川口居留地〉や安治川河底トンネルなど、必ずしも大阪ではポピュラーとはいえないけれども、大阪という都市を形成する重要な要素である存在に着目し、そこから大阪という都市の抱える問題や、全共闘世代に対する批判、そしてバブルに踊らされた俗人たちへの批判などを盛り込んだ上で、屋外での密室トリックというミステリとしてもかなりトリッキーなアイデアを駆使した力作である。
 作者は本書でも独自の大阪論を展開する。それは、明治以降に沈下していく大阪という都市のいわば再発見であり、〈おばはん、たこ焼き、タイガース〉で紋切り型に語られる〈大阪学〉への挑戦でもある。
 明治初期の内国博覧会、そして70年の万国博。この2つの大イベントを対比させながら、大阪をとらえ直すという魅力的なモチーフも含め、非常に多角的な視点で大阪を見つめている。それは、作中で探偵役の森江春策が水上バスに乗って大阪の町を見つめ直すような、新鮮な体験でもある。
 作者の「大阪論」的ミステリーの代表作として、多くの方にお薦めしたい。特に、作中作として披露される内国博覧会を舞台にしたミステリーは、当時の雰囲気をリアルに再現したものとして一読に値するだろう。

(2005年5月21日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る