旅行会社に勤務する安芸亮子は、30歳になり、久しぶりに故郷に戻り、腰を据えて仕事に打ち込む。小学生時代の同級生森本に街で声をかけられ、久しぶりに同級生たちと同窓会のような飲み会を行った。そして、その日をきっかけに、嫌がらせの手紙、携帯へのいたずら電話などが途切れることなく彼女を襲う。いや、それだけではない。見知らぬ女性の髪の毛が食事の中に混入していたり、見えない手に足首をつかまれて転んだり……。森本が飲み会に連れてきた女性、森本の妻、真理と顔を合わせ、亮子は嫌がらせの犯人が真理であることを確信した。真理は、森本の浮気相手が亮子であると思い込んでいたのである。同僚のアドバイスもあり、亮子は公衆の面前で真理への反撃を行う。それがきいたか、嫌がらせはぱったり止まるが、亮子の周囲では怪異現象が引き続き起こり、彼女はみるみるうちに憔悴していく。この現象は真理の怨念なのか。そして、亮子はこの理屈を超えた攻撃にどう対抗していくのか。
女性に対する細かな観察眼が、本書の恐ろしさを引き立てている。嫉妬に狂った、しかし夫を問い詰めることのできない女性の、陰湿とも思える執念。自由に自分の生活を送っているという自覚が崩れていった時の人間の精神のもろさ。
結末では、執念というものの恐ろしさに圧倒されてしまった。そして、男性というものがいかに単純で気楽な存在であるかを思い知らされるのである。
前作「203号室」が上京してきた地方人の体験する都会の恐ろしさであるとしたら、本書は、一度故郷を捨てた者が帰郷し、故郷の地縁関係に復讐される物語であるかもしれない。一度地縁と関係を断った者に対し、その地縁に新たに加わって定着していた者がそれを敵視する。それは、地縁の中で、実は自分はまだ異物なのではないかと疑わせる契機が、帰郷者であるからなのだ。主人公の悲劇は、その関係に最後まで気がつかないことにあるのではないだろうか。
作者ならではのホラー小説である。人間関係の恐ろしさをこれでもかこれでもかと叩き付けてくる筆致には感嘆するばかりなのである。
(2005年7月17日読了)