「遥かなり神々の座」の続編。
ヒマラヤから離れた滝沢育夫は、アルプスで登山活動を続けていた。しかし、彼の登山スタイルや気持ちはアルプスには向いておらず、いっしょにアイガー北壁を登攀したクライマー、蔵間を自分のミスで遭難死させてしまう。違法ガイドではないかとスイス当局などから責められ自信を失った滝沢は、アルプスを去る。新たな行き先はカトマンドゥ。かつてともに逃亡したニマの娘、川原摩耶からきた手紙で、ニマが危機にさらされていることを知ったのである。カトマンドゥに着いた滝沢は、チベット独立運動の穏健派と称するジグメという男から、活仏チュデン・リンポチェにあてた手紙を託される。チュデン・リンポチェは、若くしてチベット独立運動の精神的支柱となっている活仏であった。そして、摩耶はチュデン・リンポチェに従って活動しているという。ラサの街についた滝沢は、摩耶と再会する。しかし、摩耶によるとチュデン・リンポチェの居場所ははっきりとはせず、摩耶自身もカトマンドゥに帰るつもりだという。ニマの存否が気になる滝沢は、チベット独立運動武闘派リーダーのテムジン隊長に頼み込んでマヤとともにチュデン・リンポチェの潜伏地域を目指して旅立つが……。
前作では政治的な闘争に巻き込まれて右往左往するだけだった滝沢が、アルプスで失った自信を回復すべく主体的に動いて闘争のまっただ中に入っていく。生と死の境を何度も味わうクライマーのアイデンティティは、当然難所の登攀である。しかし、山で失った自信を取り戻すことのできない彼は、摩耶という女性に癒しを求めるような行動をとる。本書では、まだ彼は本格的な登攀を再開することはできない。今後の展開を予想すれば、度重なる闘争の中から自信を取り戻した滝沢が、「神々の座」を越える登攀をすると踏んでいるのだが。
もちろん、作者は本書で周到に伏線を張り、政治的闘争の複雑な渦の中に呑み込まれる無力な外国人の姿をこれでもかとばかりに描き出す。なかなか簡単には自信を回復させてはくれないのである。すんなりと読み手の予想に応えてくれるとは思われない。
どのような状況で「神々の座」を越える旅に至るのか、下巻が楽しみでならない。
(2005年8月14日読了)