読書感想文


ローマ人の物語19
悪名高い皇帝たち[三]
塩野七生著
新潮文庫
2005年9月1日第1刷
定価400円

 「悪名高い皇帝たち[二]」の続巻。
 カリグラ暗殺後、急遽皇帝の座に推されたのは50歳まで歴史家として生活してきたクラウディウスであった。見栄えも悪くそれまで軍人としての功績も残しておらず、頼るべきは名門クラウディウス家の家系のみと思われたこの文人皇帝は、意外な力を発揮する。それは、自分に足りないところを知っていて、解放奴隷出身の有能な秘書官をフルに活用したことであった。また、歴史家として過去の事蹟について精通していたため、こと内政に関しては非常に効果的な政策をとることができた。その結果、カリグラのために傾いた財政再建も経済成長による税の自然増収などでみごとなしとげた。ただ、庶民に不人気であった理由は、家庭の問題をまともに受け止めて解決し円満な家庭生活を送るという能力に欠けていたからであった。この当時、自分の家庭も満足に御すことのできない為政者は、国民の模範とは思われなかったのである。クラウディウスの皇后メッサリーナは物欲が激しく、他人のものでほしいものがあれば、その人物を反逆罪という冤罪のもとに葬り去りその財産を没収して手にいれるのであった。さらに、性欲も強く、何人もの男と関係をもちついにはそのために二重婚の罪によって自決を余儀無くされたのである。続く後妻のアグリッピーナは連れ子のネロを皇帝にするために全力を尽くし、ついにはクラウディウスの実子を押し退けて未来の皇帝とするための英才教育まで始める。そしてクラウディウスはこれらの妻たちの暴走を止めることは何一つできなかったのである。
 暴君として後世に名を残すカリグラとネロにはさまれた地味な存在のクラウディウスは、人間としての弱さはあったにせよ、ピンチヒッターとしては十分以上の功績を残したはずである。だというのに、わがままな妻たちにふりまわされて評判を落したというのは、いささか気の毒ではある。しかし、自分の結婚相手を好きに選べる立場にありながら、そういう質の女性を妻に迎え続けたということは、これは本人の好みのせいとしかいいようがない。いわば自業自得である。
 ただ、皇帝になどなるつもりは全くなかった老史学者が思いもよらぬ責任をしょわされてしまったという状況を考えると、そこまで完璧を求めるのは酷であるように私には思われる。クラウディウスという人物は悲劇的な運命を背負わされた人物なのではなかったか。ただ、それが表面に出た時に喜劇的に受け取られてしまうという、これは二重の悲劇であった。
 そこらあたり、著者はクラウディウスに対してはかなり厳しい点をつけ過ぎているように感じられるのだが、どうだろうか。

(2005年9月10日読了)


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