「危機と克服[上]」の続巻。
1年の間に3人もの軍人皇帝が入れ代わり立ち代わり登場する間に、ガリア人やユダヤ人たちがローマからの独立を目論んで反乱を起こしていく。彼らが独立をしようとしたのは、ローマが弱体化したからというよりは、ローマによる統率が取れていない間に自立しようとしたからなのである。しかし、これらの勢力の前に立ちはだかったのがヴェスパシアヌスと腹心のムキアヌスであった。ヴェスパシアヌスは騎士階級の生まれで、本来なら皇帝となれる貴族階級に属してはいなかった。しかし、ガリア人の反乱を征し、ユダヤ人に対してもじっくりと時間をかけ、そして敗者に対して寛容な姿勢をとることにより、ヴェスパシアヌスは人々の支持を勝ち取ることができた。だからこそ、皇帝ヴィテリウスが殺害されたあと、多大な期待とともに皇帝位につくことができたのである。ヴェスパシアヌスとその後継者であるティトゥスがユダヤ人の反乱を平定している間に、ムキアヌスは「皇帝法」を制定してヴェスパシアヌスが帝位につく段取りをすましていた。そして常識人であるヴェスパシアヌスは、ローマ国内の実情をしっかりと把握した上で善政をしき、窮地に陥っていたローマ帝国の再建を10年かけて果たすのである。
表題の「危機と克服」とは、まさにこの時期のことをさすのだろう。無能な皇帝が登場してはすぐに退場するという状態が続いていたところに、天の配剤ともいうべき人物があらわれる。ローマの元老院議員たちは自分たちの権力をもぎ取るような「皇帝法」を承認してまでも、騎士階級出身の人物に自らの命運を託したのである。
本書で示されるのは、ローマ帝国が中国などとは違う「皇帝」のあり方をもっていたことを私たちに教えてくれる。「皇帝」という訳語がついてはいるけれど、ローマの「皇帝」は天命によりその地位を授かったものではなく、民意に基づいて就任する「元首」なのである。選挙によらない大統領というべきだろうか。したがって、中華帝国とは違い、幼帝を優秀な官僚が支えたり、後宮に巣食う宦官や外戚が朝廷を支配したりというような現象は起きなかったのである。それどころか、無能な「皇帝」は人々から見放されて自害したり殺害されたりするのである。そのかわり、出自を問わずに有能な「皇帝」が登場すればこれを支持するのだ。
ヴェスパシアヌスは教科書で特筆されるような飛び抜けた人物ではないかもしれない。しかし、実利とバランスを重んじるローマ人の「皇帝」観を体現したような人物だったのだ。著者がここで示そうとしたのは、そういうことではなかったかと思うのである。
(2005年10月12日読了)