読書感想文


ローマ人の物語23
危機と克服[下]
塩野七生著
新潮文庫
2005年10月1日第1刷
定価438円

 「危機と克服[中]」の続巻。
 ヴェスパシアヌスは2人の息子を後継者として指名していた。長男のティトゥスと、11歳下のドミティアヌスである。ユダヤ戦役などを経験し、父とともに政治の中枢にいたティトゥスは、皇帝とは公僕であるということを心がけていた人物であったという。しかし、ティトゥスが皇帝に就任したとたんにヴェスヴィオ火山が噴火しポンペイの町が灰の下に埋まるという災害が起きた。被災者救済のために直接現地で采配をしていたティトゥスのもとに、今度はローマ市内での大火災の報が届く。事後処理を終えたとたんに疫病が流行し……。わずか2年と少しの間に立て続けに事件が続き、一段落したところでティトゥスは急死する。弟ドミティアヌスは30歳の若さで皇帝に就任する。彼は後の皇帝に受け継がれる大事業であるゲルマニア防壁の建築、コロッセウムの完成、街道の整備など様々な難事業に手をつけ、これをなんとか成し遂げていく。しかし、ゲルマン系のダキア族との間に戦争が起こり、これに勝利したあとで他のゲルマン系の諸部族と戦っている間、ダキア族との和平を保つために金を払い続けたことでドミティアヌスは特に元老院議員たちの反感をかう。さらに、民間の検察官たちを強化して少しの不正でも許さない厳しい政治をしたことや、姪のユリアとの愛人関係と、それを糊塗するかのような前妻ドミティアとの再婚など、その業績に比して人物的な評価は下がっていった。突如現れた暗殺者によって一命を落したドミティアヌスに対し、元老院は彼の業績をなかったことにするという「記録抹殺刑」を決めるという死者にむち打つ対応をした。すぐに皇位を襲ったのは五賢帝の一人とされるネルヴァであったが、70歳という高齢のため、後継者にトライアヌスを指名してすぐになくなってしまったのである。
 世界史に名高い五賢帝の時代をお膳立てした3人の皇帝親子たちの業績に、同時代人はかなり手厳しい評価を加えたが、著者はその仕事が後の皇帝に受け継がれていったということを判断規準にして、再評価をしてみせた。彼らが有能な皇帝であったということに間違いはないだろう。ドミティアヌスが本当に記録から消されるような皇帝であったとしたら、15年もその地位を守り続けることは不可能であっただろう。あの1年で3人も交代した軍人皇帝たち能古とを思い起こせば、その違いがわかるはずである。
 ローマ帝国のシステムは、ここで一応の完成を見る。そして実った果実をおいしくいただき、賢帝と讃えられる人々の時代がやってくるのである。つくづく、歴史は勝者のためにあるものと思わざるを得ないのだ。

(2005年10月13日読了)


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