読書感想文


日本を滅ぼす教育論議
岡本薫著
講談社現代新書
2006年1月20日第1刷
定価720円

 著者は文化庁や文部科学省で課長職を務めていた人物である。だからといって、官僚が観念的な教育論をふりかざしている書物と思ってはいけない。「著作権の考え方」同様、「法律とは何か」、「契約とは何か」ということを根本的に明確にするというスタンスは変わってはいない。
 よく「学力低下」ということがメディアで話題になり、「ゆとり教育」の欠点があげつらわれたり、逆に「詰め込み教育」の弊害というものが語られたりする。あるいは「結果平等主義」に対する批判もよく耳にする。これらを解決するために「心の豊かさを育てる教育」などという言説がまかり通ったりする。これらの教育論議には欠陥があると著者は指摘する。それは、現状の分析、こうなった原因、教育の具体的な目標、それを実現させる明確な手段、教育論議を成立させるべき集団意思形成などがあまりにもあいまいであるということなのだ。マネジメントの方法をロジカルに解析することにより、例えば現在の学校教育が目標としているものは何なのか、「心の豊かさ」がどれだけ育ったかを計る尺度をちゃんと決めているのか、自分勝手な教育観を押し付けるだけで終ってはいないか、というような問題点を明らかにしていく。
 著者は、学校で教えるべきことはモラルではなく「ルールを守る」ということであると明言する。モラルというのは、強制するものではない。それは憲法に明記されている「思想信条の自由」の侵害になるのだ。民主主義のルールにのっとり、法治主義を意識した論議をしていけば、教育論議にちゃんとした筋道がつく。しかし、現状は無責任で抽象的な言説が教育学部の大学教授などの口から出たりしている。それは、教育論議にのみとどまるものではなく、日本という社会全体の構造に問題があるのだというのが著者の主張である。
 教育問題は、社会問題に直結しているというのが著者の考えであるが、私もその通りだと思う。どのような社会を作っていくのかというビジョンがあって、ではそのための人材育成をどうしていくかという論議になるはずだ。その根本のところが抜けているのにまともな教育論議などできようはずもない。
 著者の行き着くところは、本書でも「法」と「契約」である。モラルというあいまいなものだけで物事を全て解決したような形を作ってしまう、日本社会のもつ欠点(実は美点でもあるのだが、こと論議となると明白な欠点となる)を指摘したのが本書なのである。
 したがって、本書は教育論ではない。教育論を語る前に片づけておかなければならない問題点を提示したものなのだ。教育論議をきっちりとするためにはどうすればいいのかという地ならしをしなければならないという、かなり重要な問題提起をしたのが本書なのである。

(2006年1月31日読了)


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