読書感想文


キス
西澤保彦著
徳間書店
2006年3月31日第1刷
定価1500円

 「両性具有迷宮」に続く「森奈津子シリーズ」の3作目。シリーズ初の短篇集である。
 誘いをかければどんな女性でもついてきて限り無くセックスできる力を手にいれた男の悲喜劇「勃って逝け、乙女のもとへ」。学生時代に憧れた先輩2人の息子と関係を持った女性の隠された性向をあばく「うらがえし」。幼い頃に転地療養先の田舎で出会った少女のことを思い出し、既に亡くなっているその少女を蘇らせたいと願う女性画家が、森奈津子のもとに現れ、奇怪な体験をする「キス」。地球にずっと滞在しなくてはならなくなったシロクマ宇宙人が次々と小説を書いては徳間書店の編集者に見せる「舞踏会の夜」。以上4編が収録されている。
 本書は「森奈津子シリーズ」という体裁はとっているけれど、過去2冊とは違い、森奈津子は狂言回しであったり脇役であったりする。さらに、SFの設定で本格ミステリを書くというスタイルの作者がそのスタイルから離れ、SF性愛ファンタジーというかたちで最初の3編を書いている。そして書下ろしである「舞踏会の夜」については、シロクマ宇宙人が小説を書くという設定で、自分が若い頃書いた作品を改稿して発表しているという、かなりややこしいかたちのものである。「うらがえし」も(作中の)森奈津子が書いた小説に関する別な作家の物語という構造になっている。そういう意味ではかなり異色の作品集といえる。
 なにかしら、作者の「照れ」を感じるのは私だけだろうか。ストレートに性愛小説を書くのではなく森奈津子シリーズというクッションを使ったり、アマチュア時代の作品を平然と発表するのではなく小説内の小説という形をとってみたり。メタフィクションの実験や仕掛けという要素は、これらの作品にはあまり感じられないのだ。「キス」もまた作者のあとがきを読むとアマチュア時代の作品をリライトしたものだという。確かに、主人公の女性が「森奈津子」に死んだ人間の蘇生を依頼するというのにはいかに小説とはいえ無理があるように思われる。
 本書に収録された作品に関していえば、「森奈津子シリーズ」である必然性はあまり感じられなかった。ただ、作者にとっては「森奈津子」という装置がどうしても必要だったのかしれない。もっと堂々と自分の性愛小説集として発表してもよかったのではないかと私には感じられた。

(2006年3月21日読了)


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