「曼陀羅の人〈空海求法伝〉上」に続く完結編。
空海は梵語を学ぶために南天婆羅門に師事する。南天は男女の愛欲のすばらしさを空海に教えることにより、梵語を身につけさせる。多くの者から学び、いよいよ準備が整ったとみた空海は、西明寺の恵果阿闍梨とついに対面する。恵果は空海を自分の後継者と認め、密教のすべてを伝授した。政治を刷新しようとしたが皇帝の崩御によって逆にその地位を失ってしまった王叔文の運命や、互いに離れることにより愛を貫いた恵果と老女の関係、また安史の乱の際に行方不明となっていた皇太后沈氏との対面など、様々な人間模様をすべて密教の教えに結びつけ、空海は次第に度量を大きくしていく。そして、ついに日本から新皇帝着位の祝賀使節が唐に来るという情報が伝わってきた。唐で身につけたすべてを日本に持ち帰り、衆生を救う日が現実のものとなってきたのであった。
本書で描かれる空海は、超人的な活躍を見せるわけではない。しかし、そのかわり、なんでも吸い込んでしまう大きな器であることを常に意識して描かれる。一見個性が見えにくい人物造形なのであるが、空海の周囲の人間の様々な動きと、それに対する彼の言動から、だんだんその器量の大きさが浮かび上がるというみごとな構成になっている。
本書では、密教の教えそのものを細かく解説することはない。しかし、空海の大きさを示すことにより、大日如来のスケールの大きさが暗示され、密教世界の根本的な考え方が理解できるようになっている。ここらあたりは作者ならではの老練な技の冴えがみてとれる。
空海と密教という非常に大きなテーマをちゃんと消化した上で、小説としての面白さを失わずに読者に提示するという難度の高い課題に挑戦し、十二分にそれを達成している。見事の一言に尽きる。
(2006年8月10日読了)