「賢帝の世紀[上]」の続巻。
本巻では五賢帝の一人、ハドリアヌスの前半生を追う。トライアヌスの後継者ということを自身意識していたハドリアヌスは、皇帝の座についた直後に、トライアヌスを支えていた老臣たちを反逆罪という理由をつけて暗殺してしまう。しかし、そのような経緯があったからこそ、ハドリアヌスは属領を含む帝国の版図をくまなく巡行し、必要な整備を完璧に成し遂げていく。在位中、ほとんどの時間を旅に生きたという珍しい皇帝なのである。幼い頃には「ギリシアっ子」と呼ばれるほどギリシア的なものに憧れていたハドリアヌスは、パルティア王国とのトラブルを話し合いで解決した後、ついにギリシア入りする。そして、そこで最愛の少年アンティノーに出会うのである。しかし、だからといって自分の欲望に溺れてしまわないのがハドリアヌスの特質である。ローマ法を整理して「ローマ法大全」を法律家に作成させ、今度はアフリカ巡行を実施するのである。
歴史の物語でもっとも退屈なのは、平和が続く時代である。例えば日本では江戸幕府の政治が200年以上の平和な時期をもたらす。あまりに平和すぎて、そのためにちょっとしたお家騒動が大事件のように評判になったり、実際に起きた心中を題材にした芝居が人気を拍したりするのである。
ハドリアヌスの前半生では、その統治が行き届いていたせいか、お家騒動なども起こらず、ローマ帝国の人民は平穏な日々を過ごしたのである。就任直後の暗殺事件もうまく処理してしまったハドリアヌスの時代についての記述がいささか退屈だったとしても、それは著者の責任ではないのである。それよりも、乏しい史料からこの平和な時代に完璧と言えるほどの政治を行った皇帝の足跡をていねいにたどっていったことこそが驚きといっていいかもしれない。なにしろ世界史の教科書では欄外に名前が紹介されるだけで終ってしまう、そのような時代なのだから。
(2006年9月5日読了)