ぼやき日記


8月21日(月)

 某誌特集記事用に難波利三の「てんのじ村」を読もうと本棚をほじくり返してるんやけど、いっこうに見つからん。確か友人に貸したことがあったぞと電話してみるが、「とっくに返したよ」とつれない返事。新たに買い直すにしても新刊書店(web書店も含む)ではすぐには入手でけへんという状況。妻に頼んで図書館で探してもらうことにしたけれど、いったいどこにいったのか。ないならないで気になるなあ。こういう本はどうでもええときにひょっこり見つかったりするんや、たいていは。返してもろうた時に違う場所に適当に置いたのかなあ。もう人に本は貸さへんぞ。それは関係ないか。

 夏の高校野球は閉幕。今年は甲子園の「全国高校野球選手権大会」も、神宮球場の「全国定時制通信制軟式野球大会」も私に関わりのある学校が出場していたんで、けっこう注目していた。面白いのは、甲子園に出場した高校は、そこの定時制で講師をしていた(しかも野球部の顧問までした)。神宮球場に出場した高校は私の母校で、ただし私が卒業したのは全日制やけれど。関わりはあるけれど、直接の関係はないという微妙なところでね。ねじれ現象とでもいうべきか。これが甲子園に私の母校の全日制が出場して神宮球場に顧問をしてた学校の定時制が出場してたら、同窓会から寄付金の振り込み用紙が届いたりしていたのと違うかな。
 卒業した高校のことなんかどうでもええという人もいてはると思うけど、私は高校生活はなかなか楽しかったんで、こと高校に関しては「母校」は気になる存在やったりする。これが中学やといじめられたりしたこともあってあんまりええ思い出がないし、大学の場合、サークル活動は現在の物書きとしての原点があるから大事ではあるけれど、こと学業に関しては不完全燃焼で終わったんでそうこだわりもない。高校だけが違うんです。
 それにしてもねじれてはいるけれど自分の関わった学校が両方の大会に出場するというのは珍しいことではあるね。ここ数年高校野球にはあまり感心がなかったけど、今年はちょっと気になったりしたのでありました。

8月22日(火)

 妻が図書館で「てんのじ村」を借りてきてくれたおかげで再読できたのはええんやけど、私の持っているはずの本はいったいどこにいったのやら。あ、図書館というと、8月20日の日記に書いたゲートの謎について、メールでご教示いただきました。ただし、公開しないでほしいとのこと。やはり機密事項らしい。私は好奇心が満たされたらそれでええんやけど、現実には好奇心だけではすまされへん場合もあるからね。

 今月の「レコード芸術」は創刊600号記念ということで過去の記事の復刻がされているけれど、これがなかなか面白い。特に面白かったのはCDが初めて発売されるにあたって音楽評論家の黒田恭一さんが試聴している記事。同じ音源のLPとCDを聴き比べ、「これは『革命』だ!」とCDの音質のよさを興奮気味に書いている。CDを初めて聴いて、その音の美しさや低音部の重み、高音部の抜けのよさに感動したと書いてはる。今から15年ほど前の記事です。
 ところが、オーディオの最新情報のページでは、ベテランのオーディオ評論家の菅野沖彦さんがが最近CDとLPと同時発売されたものの音を聴き比べるという企画をやっていて、こちらによるとアナログ盤(LPのことですね)の音がいかに優れているかを、CDの音は平板だということを強調しながら説いたはる。
 ちょっと待ってえな。今はCDはリマスタリング技術の向上で発売当初よりもぐっと音がようなってるはずやないの。発売当初のCDでさえアナログ盤よりも音質がよい、「革命だ」ったはずやのに、今になってなんで「やっぱりアナログ盤の音質はすばらしい」となるんですか。15年たって結局アナログ盤の方がCDよりもええ音がするとかいうのは理屈にあわんのやないですか。こうなると菅野氏が初めてCDを聴いたときの記事も復刻してほしくなってきたぞ。
 つまりは聴く側の好みの問題やと、私なんかは思う。私の場合はリスニングルームに高級ハイファイを並べて大音量で音楽を聴くわけやないから、多少の音質の差なんか気にしようもないんやけれど。ポータブルCDプレイヤーにヘッドホンつけてクラシックを聴くのは邪道ですかね。
 誰を信用したらええんかようわからんけれど、15年前のCDはアナログ盤より音がよく、最新のアナログ盤はCDよりも音がええという奇々怪々な記事を、果たして読者はどう受け取ってええのやら。今月の「レコード芸術」の記事はほんまに面白い。

8月23日(水)

 生まれて初めて銀行ローンなるものを組まんとならんことになった。アドバイスしてくれる人がいて、いろんな銀行を回って銀行ごとに話を聞き、どこで借りた方が一番得かを判断した方がええというので、ここ数日主要な都銀を全て訪問した。おかげで短プラの利上げがどうした担保保証がこうしたローン保険がああしたというような、これまで縁もゆかりもなかった用語を銀行員にさもくわしいかのように話せるようになったんやから、恐ろしいもんであります。
 最後に行った銀行ではかなり若い行員が受付に座っていたんやけれど、他の銀行で質問してかなりわかっていることをそれまでと同じように質問したら、あちらが答えられへんかったという具合で、「最近のお客さんはよく勉強してらっしゃるから……」てなことを言われてしもうたくらい。いや別に私なにも勉強してませんで。ぜーんぶ他の銀行の担当者の受け売りですがな。習うより慣れろと言うけど、まさしくそんな感じかな。
 しかしなんですね。固定金利やと銀行ごとに若干の差はあるけど、変動金利なんかどこの銀行も同じ利率やねんな。日銀の金利がもとになってるから似かよったものやろうとは思うけど、こうまで足並み揃えていっしょというのは気持ち悪いくらい。どこの銀行も申し合わせをしているのかな。
 いろいろまわって調べたのはええけど、さて実際に借りるとなるとやっぱり金融に関するそれなりの知識が必要になってくる。付け焼き刃や受け売りだけでは対応し切れへんからね。「生涯学習」というのが一時よう言われてたけど、人間いくつになっても勉強せんならんことばっかしですわ。
 ところで文部省や政府は最近は「生涯学習」というのを口にせんようになったけど、あれいったいどないなったんや。「ゆとりの時間」というのもあったな。「奉仕活動の義務化」やとか「英語の第2公用語化」やとかが実施されたとしても10年たったら「生涯学習」やら「ゆとりの時間」みたいに一過性のものになる可能性は高いような気もするな。

8月24日(木)

 カードの中に入っているクォーク君の表情があまりにも嬉しそうやから、そんなに楽しいもんかいなあと思う。かと思うと姫と爺やは京都太秦映画村のセットの橋の欄干から町に黄色い看板が増えたと喜んでいるけど、映画村にあんな看板あったかしらと思う。三田あいり扮する姫がまあまあ可愛いから許すけど。醜悪なのは中年のおっさんが受付の女性をクラブのマネージャーや養護教諭に見立てていきなり高校生に戻ってしまうことで、グランドでおっさんが泥だらけになって走ったり、雨の中でおっさんが叫んだりしているのはなんかみっともない。しかし、いくら受付の男性が頼りになるような雰囲気をただよわせているからというて「あのう、独身ですか?」ときく女性はおらんであろう。ましてそこから金を借りようとしているのに、だ。それに比べれば一糸乱れぬダンスをしているダンサーたちの動きの方がよほど見応えがある。ただし、あのダンスにどれだけの意味があるのかは疑問やけれど。
 UHFで11時40分までナイターをずっと見ていたら、民間金融のコマーシャルばっかりやってるから、ついついそんなことを考えてしまう。もっと普遍性のあるコマーシャルを見たいものです。ところで、「ラララむじんくん」と歌うていた宇宙人たちは今ごろ何をやっておるのだろうか。もしかしたら自己破産してしもうて母星にひっこんでしもうたんやあるまいな。

8月25日(金)

 今月号の「S−Fマガジン」は1970年代SFの特集。ざっと目を通してみて感じたことは、私は「ハヤカワ青背」の人でも「サンリオSF」の人でもなかったんやなあということ。ほたら「創元SF」の人かというと微妙に違う。私は「ハヤカワ白背」の人であり、「ハヤカワJA」もしくは「(昭和50年代)角川文庫」の人やったんや。現在の状況でいえば「ハルキ文庫」の人というと近いかな。でも微妙に違う。
 こういう書き方ではわからん人もいてはると思うけれど、これはもう匂いというか手触りというかそういうようなもので解説不能。噛み砕いて書くとよけいにわけがわからんようになると思うので、わからんかった方はわからんなりに私をそういう人なのだと認識しておいて下さい。わかる人は「あ、そういう奴やったんか」と認識しておいて下さい。

 明日は私の勤務する学校で「夏祭り」がある。私は全体の担当者の一人なんで、今日は準備で学校中を走りまわっていた。何をしていたかというと雑用をあれこれとしていたということになる。明日は朝から晩まで雑用に追われるんやろう。
 当日はボランティアの大学生や高校生がお手伝いをしてくれる。直接学校に依頼したり、交流をしている学校の生徒さんに声をかけたり、研修にきた高校生を勧誘したりして、けっこうな人数が集まってくれた。
 中には私が墓参りをしている日に学校に電話をかけてきた女子の高校生もいて、墓地に行く途中に携帯電話で連絡をとったこともあった。ひととおり説明をして「何か質問はありますか」ときくと「服装はズボンの方がいいんですか」などとよくある質問をしてくる。「それは自由でかまいませんよ。夏祭りやから浴衣でも」と答えたら、むこうは冗談やと思うたか笑うてた。かなり真剣に言うたつもりやったんやけど。「あの、実は学校の宿題で『職業』について調べたいんですけど、『夏祭り』が終わったら、お話しする時間はありますか」と言うので、せっかくボランティアしてくれるのに断るのわけにもいかずインタビュー(?)の時間を作ることを了解した。いやあ、なかなかしっかりした生徒さんです。そうか、もしかしたら本命は宿題でボランティアはそのための手段ということなんかな? もしそうやったら、参りました。

 というわけで、明日は夏祭り。しっかりした高校生の質問タイムがあったりするんで、帰ったらへろへろ状態になってそうですな。更新できるかどうか、今のところは五分五分、かな。更新できてへんかったらかんにんしてね。

8月26日(土)

 夏祭りは無事終了。高校生の質問タイムは他の先生にお願いした。というのも教職員バンドの演奏で司会をせんといかんかったからで、時間がとられへんかったということ。司会をしていてもついウケをとろうとしてしまうのは関西人の業やろうか。

 へろへろ状態になって家に帰りくつろいでいると、窓の外でドンドンパンパンと音が響いてくる。「花火や」とベランダに出たら、あれは枚方の「くらわんか花火大会」かな、遠く離れたところで美しく光が踊っている。今年は花火は見られへんと思うていたから、これは嬉しかった。半分ずつ色が違うのやら、流星群みたいに光が舞い落ちるのやら、距離は離れていても十分楽しませてもろた。
 私と妻がベランダで見ていると、下の駐車場のところに同じ団地の家族連れが降りてきた。ちょうど第1部と第2部のインターバルの時に降りてきたんで、「なーんや、終わりかあ」と残念そうな子どもの声が聞こえてくる。それだけに第2部が始まったら子どもたちの喜ぶこと。今度こそほんとに終わって、家族連れが引き返すのを上から見ていたら、その子どもが私たちにむかって「もう終わったよぉ」と声をかけてくる。二人して手を振るとまたもや「もう終わったよぉ」。それでも手を振っていると「もう終わったよぉ」。あれ、私たちがベランダから引っこまへんかったら、いつまでも「もう終わったよぉ」を繰り返していたかもしれへんな。ベランダの真下まで来て「もう終わったよぉ」。しまいには壁を登って私たちの部屋まで上がってきて「もう終わったよぉ」。そんな子どもはいてへんわい。
 祭りの終わった夜に花火とはなかなかいい感じ。日本の花火の技術は日本一あ間違えた日本一なんはあたりまえやないかアホか俺は世界一やそうやけど、見る度に新しい工夫がしてあって、ほんまに楽しかった。

8月27日(日)

 「くらわんか花火大会」は今日でした。ほなら昨日の花火大会はなんやったんやろう。妻が今月の花火大会の一覧表を調べてくれたけれど、昨日は花火の予定は書かれてへんかった。ゲリラ的に行われた花火大会やったんか。そんなことはあらへんな。謎は謎を呼び風雲急する事態とはなってへんけど、いったいどこで誰が主催した花火やったんや。まったくわからん。気持ち悪ぅ。

 今日は京都で「ショパンの会」という集まりに参加。何の会かというと、「東京コミックショー」のファンクラブではなく、ショパンのピアノ曲の鑑賞会でもない。説明すると長くなるけど、かつて京都の出町に「ショパン」というスナックがあって、そこはクラシック音楽を聴きながらグラスを傾けるというお店やった。壇ふみさんが来店したり、「25ans」という雑誌に紹介されたりして、一見落ち着いた小粋な店みたいやけれど、マスターの趣味で漫才や松竹新喜劇や歌舞伎のビデオを見せたり、マスターと私が他のお客さんからお題をいただいて三題噺をしたり、指揮者の振り真似をマスターとお客が競ったり、お客同士で物真似をして見せたりして、しまいにはクラシックおたくの巣窟みたいになった。マスターの一身上の都合で惜しまれつつも閉店してしもうたけれど、その後は常連たちが時々集まって「ショパンの会」と名乗り、自慢のCDを持ち寄って宴会をしている。ゆらむぼさんとは私はここで知りあった。
 場所は変わってもやってることは同じでマニアックなCDをかけてああだこうだと勝手な感想を言いあったり、時事ネタをシャレにならん毒舌で笑い飛ばしたり。しかしまあかつてはそういう空間が常設されていて、そこに行けばシャレのわかる上質(?)な人々が必ず誰かいて、酒と音楽と笑いで憂さを晴らしていたわけでありますね。今日は久しぶりにそういう時間を過ごすことができたんやけれど、これが常設やないというところがやっぱり寂しいね。
 スナック「ショパン」はいわばSFファンがコンベンションで日常を離れて遊ぶのと同じことをクラシックおたくがやっていたというような店やった。そういう意味ではああいう空間が常設されていたということは驚異ではある。
 クラシックでもSFでもかまへんから、そんな空間を常設してくれる人がいてへんやろか。しかし採算をとりにくい空間やからなあ。むずかしいなあ。

「東京コミックショー」は「レッドスネーク、カモーン」と手踊りの蛇をあやつるネタでおなじみのボードビリアン。ターバンを巻いて笛を吹く中央の人物の芸名は「ショパン猪狩」である。こういう註をつけないとわからんようなボケをかましてどうするかという気もするが。

8月28日(月)

 もうじき9月やというのにこの暑さはなに? 今朝起きてびっくりしたのは、自分が上半身裸でタオルケットを巻きつけて寝ているのに気がついたこと。いつも書いているように私は汗かきで、寝ている間も汗をかき、起きたらパジャマがずくずくになっている、というようなことはしょっちゅうある。その上に寝相が悪く、妻によるとヨガの行者みたいなかっこうで寝てたりするらしい。寝ぼけて起きあがることもあるらしい。夜中に起きてトイレに行くときに、ベランダに出ようとしてみたり押し入れに向かって歩き出したりしたこともあるらしい。らしい、というのは自分では全然気がついてへんのですわ。トイレに入って用を足している最中に目がさめたことはある。そこに行きつく過程はすっぽりと抜け落ちているんですな。
 それにしてもパジャマを脱いだのはこれが初めて。よほど暑かったんやろうね。汗で湿って気持ち悪かったんかな。脱いだんはええけど寒うなってタオルケットをパジャマがわりにしていたものとみえる。そんな器用なことを寝ながらできるというんやから、我ながら感心する。今回ばかりは妻も熟睡してて目撃してへんかった。
 どうも私は寝ながら体温を調節していると思われる節がある。冬に布団を跳ね飛ばして寝てるのを妻が目撃したというんやけど、起きたらちゃんと布団は着ている。この前、お腹の調子が悪かったときはタオルケットを腹巻きみたいにぐるぐる巻きにして寝てた。
 世の中には夢遊病とかいう病気があるらしいけれど、私の場合はなんやろうね。なにしろ寝てる間の話なんで、自分でも全くわからへん。
 しかしパジャマを脱いだのが上半身だけでよかった。全身スッポンポンで寝ているところに妻が先に起きたりしたらと思うと、ほんまに恥ずかしい。

8月29日(火)

 夏休みもあとわずか。学齢期のお子さまをお持ちのみなさんは、宿題のお手伝いなどをしてはるのでしょうか。読書感想文の下書きとか。読書感想文くらい自分で書けよ、と思うても、書かれへんもんはしかたないですな。実は私は夏休みの宿題で読書感想文は苦手やったんです。結局あらすじをだらだら書いておしまい、というパターンが多かった。まさか大人になって書評をするようになるとは夢にも思わなんだ子ども時代でありました。
 読書感想文で思い出したけれど、私も妻も小学生時代から休み時間には「学級文庫の全巻読破」とという共通の趣味があることが判明した。各クラスにお話の本やら偉人伝やら十数冊の本が常備してあって、面白そうであろうがなかろうがひたすら読むんであります。だいたい小学生というものは休み時間になると運動場に行ってドッジボールやら縄跳びやらとにかく体を動かす子どもが多い。昼休みの教室なんか、がらんとしてる。眼鏡をかけた丸坊主の男の子だけがひたすら教室で本を読んでいる。外から帰ってきた同級生は思う。「喜多くんて、勉強ができるんや」。大きな間違いやね。本が好きなんと勉強ができるは必ずしもイコールやないぞ。
 私は中学に入学してから「俺は君をライバルと思うている」と宣言されたことがある。ううむ、こいつも学校の図書室の本を全巻読破しようとしているのかと身構えたら、なんのことはない、彼は私が偏差値の高い私立高校を受験すると思いこんで勝手に勉強のライバルに仕立て上げてただけやった。お恥ずかしい話、中学時代の私は地元の公立校に行ければそれでええと思うてて、とりあえず学校の授業についていく程度の勉強しかしてない。間は何をしていたかというと本屋に通うて手塚治虫のマンガを次々と立ち読みしてみたり、相撲中継を見ながら星取り表をつけたり、タイガースの試合を見ながらスコアブックや勝敗表をつけたり……つまり今とほとんどかわらん生活をしていたわけです。そんな男をつかまえて「勉強ができる」と思いこみライバル視してたんやから、休み時間の読書が与えた印象というのはけっこう強かったんですなあ。そやけどなんやね、私は20年間ほとんど進歩してへんのと違うか。うむむむ。

8月30日(水)

 昼頃一雨きて吹く風も一気に涼しくなった。もうこれで夜中にパジャマを脱ぐ心配もなくなった。よかったよかった。その代わり急に冷えたのか腹具合が悪い。ええことは二つないもんですな。

 某誌の特集記事用の読書はひとまず終了した。これからはまたSF関係の読書が中心になる。とはいえ、非SFの感想文がかなりあるんで、「読書感想文」のコーナーはもうしばらく非SF中心になります。そればっかりやとSF関係の感想文を期待してくれてはる方に申し訳ないんで、うまくとりまぜながら更新していく予定です。しかし、しばらく非SFばかり読んでると無性にSFが恋しくなってきたりして、やっぱり自分はSFファンやねんなあと痛感した次第。

 3日ほど前から妻が何かにかぶれたのか顔をはらしてしまい、見るも痛々しくなる。こんなにはれて、そのうちいたるところに発疹し、それがこぶ状にふくらんできて、その先から触手が生えて、粘液をしたたらせて襲いかかり、その液をかぶった私も発疹して同様のこぶができ、夫婦二人して道行く人に襲いかかり街中に蔓延したりしたらどないしょうと心配した。幸い今日あたりからはれもひいてきてすっきりした顔になってきたので一安心。かぶれた当初は心配で「医者に診てもらい」と病院に行くことを勧めたんやけれど、「じきに直るからええの」と医者には行かへんかった。あまり診てもらいたいと思うような病院が近くにないということもある。もう5年はこの地に住んでるんやけれど、主治医といえる病院をいまだに決めていない。越してきてすぐに私がインフルエンザにかかり、近くの診療所にかかったんやけれど、その医者は「注射、打ってほしいか」と患者にきいたりする。そんなことは先生あんたが決めることと違うんか。その医者は何かというと某医大病院に紹介状を書く。その医大病院は以前この日記に書いたけど、私を変温動物あつかいした病院で、そんなところに紹介するような医者にかかるのは嫌で、それ以来そこに行くのはやめた。一応総合病院も歩いていける距離にあるんやけれど、そこは診てもらうまでえらいこと待たなならん。確かに妻が病院にいくのを邪魔くさがるのはわからんでもない。
 というわけで、妻の顔はほとんど元に戻りかけており、道行く人々を襲って粘液をなすくりつける事態にならんでよかったよかった。

8月31日(木)

 徳間書店から創刊されたばかりの「徳間デュアル文庫」をいただく。創刊のごあいさつ、ということなんやろうけれど、6冊もいただけるとは嬉しい。ありがとうございました。長らく品切れになっていたものの復刊もラインナップに入ってるんで、今後も新刊と復刊をうまく取り混ぜて発行し続けていただきたい。徳間書店の場合、「徳間ノベルズミオ」や「徳間クレパス文庫」などヤングアダルト路線で早々と休刊したものもあるので、そこらあたりの復刊を期待してる。橋本治の「ハイスクール八犬伝」とかね。

 東京ドームのジャイアンツとタイガースの試合は、テレビの音声を消してラジオを聞くことにしている。日本テレビのまるで「ジャイアンツ応援副音声」みたいな実況を聞くのはけったくそわるいしね。
 ラジオの解説は江本孟紀さん。シニカルでクールな解説がジャイアンツびいきのアナウンサーの頭の上から水をぶっかけるみたいで面白い。面白いけど、1−15と大差がついて負けてるとやっぱりけったくそわるい。それやったら最後まで聞かんでもええやないのといわれそうやけれど、そこはそれ、万が一にもタイガースが9回に一挙15点取って逆転勝ちしたとしたら、それを聞いてないのはしゃくやないですか。
 で、ラジオを聞いてたらアナウンサーが「今日のジャイアンツファンは、勝っていても帰りません!」と絶叫している。ジャイアンツファンというのは不思議なことに、勝ったと思うたら試合途中で席を立つんやね。何が面白うてわざわざ高い入場料を払うて球場に行ってるんやろう。私らが甲子園に行ってタイガースが勝ってたら、それが1−0であろうと20−0であろうと最後まで席を立つようなもったいない真似はできませんな。そうかて、試合が終わったあと「六甲颪」を歌うあの快感を味わう、あれがたまらんのやないですか。
 いや、負けてたかて帰らへんよ。最後の最後まで応援する、それがファンというもんやないか。くだんのアナウンサーは「これだけ負けていても最後まで応援しています、レフトスタンドのタイガースファン」とまるで応援したらあかんみたいに言う。江本さんが「あたりまえでしょう。毎年最下位になっても応援し続けるのが阪神ファンなんですよ」と少し皮肉をこめて言うてはった。最後まで見届けて悔しい思いもするからこそ、勝ったその瞬間の喜びが大きいんやないか。
 勝ったと思うたら途中で席を立つジャイアンツファンは、「勝つ」という記号を手に入れたらそれでええということなんかね。そこらあたりの心理は私にはまるでわからん。そして、そんなジャイアンツファンに生まれてこなくてほんまによかったと、心から胸をなで下ろすのであります。


てなもんや伝言板 お気軽にご利用下さい。

メールはこちらまで。どうぞよろしく。


過去の日記へ。

ホームページに戻る