ぼやき日記


7月21日(火)

 今日から本格的な夏休み。
 夏風邪をひいたらしい。私は汗かきなのだが、夏は汗がしたたるくらいの方が調子がいい。だから、冷房はダメ。
 結婚した次の夏、毎日37゜Cくらいの微熱が続いたことがある。当然、体がだるい。京阪沿線にある私立の大学病院にいって診察してもらった。簡単な検査の結果、特に異常はなく、医師の見立てでは、「暑いですからね、それで体温があがったんでしょう。体質ですよ」という。体質? 私ゃ変温動物か。冬になったら35゜Cまでさがるんか。
 薬をもらったが、歯医者でもらった鎮痛剤といっしょだ。熱冷ましでごまかせというわけである。それ以来その大学病院にはいっていない。
 もっとも、体質というのはあながちはずれではないらしく、そのあとしばらくして母と話していたら母も夏は体温が少々あがるんだそうだ。知らんかった。
 体温をマメに計っているとちょっとしたことであがったりさがったりしているのに気がつく。それを気にしだしたらきりがない。株価じゃあるまいし、あがったりさがったりで一喜一憂しないことにした。しんどい時は休む。体は正直だ。
 今日、お昼ごろ買い物にいって、スーパーで急に体調が悪くなった。帰ってから風邪薬をのんで寝た。ちょっとは楽になったかな。わが家はエアコンをつけていない。扇風機も風力が強くなったり弱くなったりするタイプのものにしている。それでいいのだ。

7月22日(水)

 夏休みにはいっても、プール指導などで出勤。仕事は午前中で終わるので昼過ぎに最寄り駅前の書店やスーパーに寄ったりする。
 普段は夕方5時から7時の間に寄ることが多い。だからあきらかに仕事帰りといった感じの男性や女性、クラブが終わって帰宅途中に寄ったと思われる女子高の生徒(近所に私立の女子高があるので、みんな同じ制服を着ている)なんかが多い。私なんかコバルト文庫だのキャンバス文庫だのを買う時は女子高生の壁をすり抜けながら本を手にとっているのだ。見るからに怪しげなおっさんである。
 で、今日は午後1時ごろに書店にはいったわけだが、主婦とおぼしき女性の多いことよ。そらまあそうだ。夕食のための買い物は昼ごろすましておくとなると、そのついでに書店に寄ることになるわけだもんね。
 それはいいのだ。
 今日、書店で感じたのは、年をとっているかそうでないかというだけで、男子高校生とおっさん、あるいは女子高校生とおばはんは質は違わないんだなということである。
 男は金を払うのはもったいないという感じで雑誌の立ち読みばかりしてるし、女は2、3人でかたまって通路のまんなかで世間話をしている。おたくは積んである本の下からきれいなのをよっている。
 違うのは、高校生くらいだと「はいごめん」などと声をかけるとたとえ話し中であってもちゃんとよけてくれるのに対して、おっさんおばはんは私など存在しないか存在していてもそこらへんに落ちている石ころと同程度のものだと思っているのか意に介さず立ち読みやおしゃべりを続けているということである。しゃあないなあと思ってすきまを探して割りこんだり通り抜けたりすると、なんやこいつはというような感じでにらんだりする。
 べつにおれはなんもわるいことしてへんやんか。
 声に出して言いたいところをぐっとこらえて(声に出したらただのアホである)こちらもうっとしそうな表情で通り抜けるわけだ。
 はっきりいうと、最近の若者は非常に礼儀正しい。3月18日の日記にも書いたけれど、たとえ人に迷惑なことをしていても見知らぬ大人への対応はきちんとしている。態度の悪さやはしたなさにおいては中高年の方がはるかにひどい。
 なんか話がそれたけれど、いつもと違う時間帯にいつもと同じところへ行くというのはなかなかに刺激的で面白いものだ、ということがよくわかったと、まあそれだけのことです。

7月23日(木)

 妻によると、今朝の私の寝相は直立不動のスタイルで壁にぴったりと沿って横になっていたそうな。自分ではわからないが、私は相当珍妙な寝方をしているらしい。だいたいは小さくつくもっていることが多いようなのだ。
 うちは和室に布団を二組しいて並んで寝ているのだが、私がよく動くのでそのせいで妻が途中で目をさますことはしょっちゅうあるそうである。
 手足を縮めたまま仰向けになってまるで赤ん坊のようなものだそうだ。他にはメッカに向かってアラーの神に祈るイスラム教徒のような格好をしているというのが一番笑えたとか。
 必ずしも寝転がってるだけではないようで、壁を背にして仏さんのようにコンパクトに座っていたり、下半身を壁に立ててまるで逆立ちのような格好のときもあったらしい。さすがに立って寝たりはしていなそうだが。
 妻に向かって腕をふりまわし彼女を起こすこともあるそうだ。そんな時は怒って私の体をあちらの方に押しやると、私はとたんに収縮して壁際に寄っていくので、それがまた親に叱られた子どもみたいでおかしいんだと。
 かけ布団をしいて寝ているので風邪をひかないかと心配していたら、朝になったらちゃんと体に巻きつけているので腹がたつといわれたこともある。そんなん知らんがな。
 全て伝聞だからこちらははいはいときいているしかない。妻が朝に眠たそうな顔をしているとまた安眠を妨害してしまったのかと思ってついあやまってしまう。そんな時に限って一晩しっかり眠れたとかいうものだからあやまり損だ。
 寝相だけは自分でコントロールできないから仕方ない。とはいえ、人の安眠を妨害するのは本意ではない。変な格好で寝て妻に娯楽を提供しているという面がないではないが、無意識のうちに芸をしているというのは、やはり性格なのだろうか。
 しかしねえ、意識していないことに対して抗議されても直しようがない。よそはどうやってクリアしているのだろう。特にダブルベッドで寝ている夫婦は。知りたいものである。

7月24日(金)

 自由民主党総裁に小渕恵三外務大臣が選出された。民意を反映していて結構なことである。どこが民意を反映しているかというと、今回の参議院選挙の結果、自民党は参議院の議席を大幅に減らした。これは民意が橋本内閣に対してお灸をすえたのではなく、自民党政治に対して愛想を尽かしたと見るべきだろう。中には「自民党よ、もっとしっかりせい」という意味を込めた投票もあったかもしれない。橋本龍太郎首相はこれに対して自身の首相辞任という返事をだしたわけだ。「橋本内閣へのお灸」という解釈だろう。自民党内の多数派もそのように解釈したからこそ、自民党的な派閥順送り人事を実行し小渕総裁の誕生となったと、この結果からは類推される。自民党そのものに対する批判と考えれば、小泉純一郎厚生大臣という自民党のイメージを変え得る政治家を総裁に選出して、批判を緩和するという策をとった方がよいと思われるからだ。
 もし民意が自民党に政権からおりてほしいということであれば、小渕首相が解散総選挙に打ってでた場合、衆議院でも相当数議席を落とすことが予想される。無難な人事でよしとする党に対する批判はこれまで以上のものがあるに違いない。
 小渕総裁の選出はすなわち自民党が思い切った改革をする気がないということを内外に示したものであり、自民党には改革を期待できないという民意を強化する。次回の衆議院選挙で政権を交代してほしいという民意に沿った人事ではないか。とまあそういうわけ。
 しかし、ここまで「民意」と簡単に書いてきたけど、ほんとの「民意」はなにを求めているんだろうね。ここで書いた「民意」というのは、参議院の選挙結果から私が勝手に解釈したものであるから、実際に「民意」がどのようなものかはわからないわけです。有権者の数だけ違った意見があるのだから絶対的な「民意」なんてものはあるわけがないんだけれどね。結果として現れたものが示す傾向というところが「民意」の正体なんだと考えればいいのだろう。
 たぶん、このまますんなりと小渕首相が誕生したら、今回だけはと思って投票場に行った人たちが失望してしまうんではないだろうか。結局変わったようで何も変わらなかったように見えるから。あっそうか、自民党はそれを狙って小渕総裁を選んだのか。深謀遠慮もここまで行くと恐ろしいものがあるなあ。

7月25日(土)

 「S−Fマガジン」9月号が送られてくる。今月は怪獣特集。
 珍しく小説を一生懸命読む。怪獣となると目がないのです。
 いろいろな人が怪獣エッセイを書いている。私も書かせてもらいたかったなあ。普段からこの日記で怪獣への思い入れとかを書いておけば「S−Fマガジン」の編集長も目をとめてくれたかもしれない。ま、私と同世代の作家の方たちはきっと子どもの頃はそれぞれに「怪獣博士」であったに違いないから、私がでしゃばることもないんだけれどね。
 でも、もと「怪獣博士」としては書かせてもらいたかったなあ。
 小林泰三さんが「キャプテンウルトラ」に言及すれば田中啓文さんは「仮面の忍者赤影」の怪忍獣の話題。素直に円谷怪獣の話をしないところが憎いなあ。
 となると、私は不遇だった「手塚怪獣」のことを書いていたかもしれない。「マグマ大使」の怪獣も「サンダーマスク」の怪獣もあまりいいデザインではなかったように思うのです。むろん手塚自身はノータッチだったのだし、そっちへのこだわりはなかったみたいなのであんまり話題にならないのだけれど。
 アメリカ版「ゴジラ」は怪獣映画かという座談会もあった。私は映画を見ていないのでなんともいえない。ただ、大伴昌司が怪獣図鑑に載せて解剖図を書けるようなタイプの怪獣じゃないみたい。その点では失格かな。
 アメリカ映画の怪獣の造形って、あまりセンスを感じないんだな。なぜなのか。これは一言で言える。
 アメリカには円谷英二がいなかったからだ。
 「怪獣特集」、また組んでくれないかな。

7月26日(日)

 今日は妻といっしょに天保山へ。大阪港にあるアミューズメント・プレイスである。ジンベイザメで有名な海遊館のあるところ。海遊館には何度か行っているので今回は遊覧船「サンタ・マリア号」に乗る。これはコロンブスの船を模して作られた遊覧船で45分で湾内を1周するのである。

 正直いって景色には期待していなかった。工場や倉庫ばっかりで見ても面白くなかろうと決めつけていたのだ。確かにいい風景とはいえない。しかし、意外に面白かった。例えば倉庫であるが、思ったよりも大阪市所有のものが多いのだ。屋根や壁に「みおつくし」の市章がでかでかと書いてある。右に示した図がそうである。民間のものもあるのだろうが、そこらじゅうに「みおつくし」があるので目立つのだ。大阪市というのはけっこう資産家なんである。ああいうところだと、刑事番組ではないけれど、夜中によからぬ企みをするために集まりたくなるよなあ。
 小さなサルベージ船なんかも見かける。海底をさらったら、コンクリ詰めになった死体とか出てこないのだろうか(ギャグで「コンクリにつめて南港に沈めたろか」等というのがあるので、そこからの連想)。
 途中で船長アナウンスがはいる。
「海上保安庁から、環境保護の観点で……」
 ごじゃごじゃと能書きは多かったが、要は「ゴミを海に捨てるな」ということらしい。確かにペットボトルなんかが波間にただよっている。「死体は浮いてへんかしら」と危ないことを言うのは妻。「そんなもん、浮いてるかいな。プロはちゃんと重しをつけるんや。浮いてくるような下手なまねはせーへんデ」と、私。何のプロやねん。
 湿気が多くてじとっとしているが、風があってなかなか気持ちいい。
 「ハーバーヴィレッジ」なる商業ゾーンには「機関車トーマス」「セサミストリート」「ディズニー」などのキャラクターショップが多く、盛況。「ポストペット」グッズの販売もあったが値段が高いので買わなかった。まだ商品の種類が少ないしね。「手塚キャラクター」の店もある。欲しいものもあったが、これは宝塚の「手塚治記念館」でも買えるようなので、今回はパス。
 しかし、「ハーバーヴィレッジ」は人も多かったけれど、細かい店がたくさんはいっているので、ちょっと違う店に行くと先に行った店に戻るのがたいへん。「天保山ラビリンス」という小説でも書けそうだ。
 帰りに天満橋の「ジュンク堂書店」に寄る。外出するとたいていは書店に行く夫婦である。
 ううむ。今日はなかなか「日記」らしくなったではないか。

7月27日(月)

 夏祭りに出したカレーに青酸化合物が入れられて4名の死者の出る事件が和歌山で起こった。
 この話、私は他人ごととしては聞いておられない。
 私の勤務する学校でも8月末に「夏祭り」を催すのである。私はその係の一人なのだ。しかも、模擬店の窓口を担当しているのだ。共同作業所などの施設に出店を依頼したり、店を出す場所の割り当てをしたりという仕事である。
 あるんですよ、食べ物を扱うお店。作業所で作っているクッキーやケーキ、大手ドーナツ・チェーンの店もあれば、焼そば、もちつきなどなどいろいろある。クッキーやドーナツなどは他で作ったものを運んでくるからまだしも、焼そばともちつきはその場で作るものだから、こんな事件があると「うちは関係ない」と思っても教育委員会から指導がきたりするかもしれない。現時点では何もいってこないから予定通り行えばいいと思ってはいるんだけれど。
 O−157の時は、火を通さないものはいけないということで、かなり制限がきつくなった。ジュースもできれば缶そのままがいいといったぐあいだ。かき氷なんてもってのほか。プールの塩素もきつくなった。
 今回は計画的犯罪なので(青酸化合物なんて無計画に手にははいらない)、そのような影響はないだろうけれど、でも、もしこのような事件が自分たちの主催する催しで起きたとしたら……。
 考えたくないことだけれど、たぶん常に意識して「夏祭り」を開催せざるを得ないのだろうなあ。でも、気にし過ぎてしまったら外で売っているものは何一つとして口に入れられなくなってしまう。人が死んだというだけではすまない、嫌な事件である。

7月28日(火)

 買い物ついでに銀行に寄る。
 たんすの写真を使ったポスターがはってあった。
 ううむ。とうとう銀行も開き直ったか。預金するくらいならたんすにでもしまっておきなさい、というポスター……そんなアホな。
 実は定期預金の預け入れ期間が過ぎたらお好きな時に引き出せますよというポスターだったのだ。つまり写真は「引き出し」だったわけですね。
 しかしねえ、私もそこの銀行にわずかばかりの定期預金を組んでるんだけれど、なにしろこの低金利の時代であるからして、たんすに入れているのとほとんど変わりはしない。バブル景気の頃は金利も高くて「なんでこんなに金額が増えてるの?」とこちらがびっくりしたくらいだったんたけどね。ちょうどその頃は毎年違う学校で講師をして食いつなぐというような時期で、バブルの恩恵なんてなにひとつないと思っていたけれど、そんなところで得した部分もあったんですね。
 こんな時期に「たんす預金」を奨励しているかのようなポスターを作る銀行というのは、よほど鈍感なのかそれとも諧謔の精神があるのか。たぶん前者ではないかと思うんだけれどね。

7月29日(水)

 今週の「ザ・テレビジョン」を読んでいたら、なんと今年は「ガンダム誕生20周年」なんだと。げー。なんか自分が爺さんになったみたいな気がする。毎週金曜日の午後5時に間に合うように自転車を走らせていた高校生がいましたねえ。俺や俺。
 そうそう。高校野球の中継延長で「ガンダム」は1回とんだんですよ。次の週、そのまま1話分放送がぬけてて、朝日放送に抗議が殺到したのであった。たしか京都新聞の読者欄に高校生が放送局を非難する文章を投稿していた。俺やないぞ、それは。今はマンガ家でイラストレーターのおがわさとしがえらく怒っていたのを覚えている。
 うわあ、あれから20年もたったんか。なんたること。自分の頭の中身はほとんど変わってないのに。その方が情けないか。

7月30日(木)

 妻が会社から新番組「ウルトラマンガイア」のデザインを持って帰ってくる。お仕事の関係でいち早く手に入ったのだそうだ。そういえば「ザ・テレビジョン」にも制作発表の記事がちょっとだけのっていたな。
 今度のウルトラマンは2人いるのだ。「ウルトラマンレオ」のアストラみたいな兄弟ではなく、ザラブ星人が化けているのでもなく、宇宙人の作ったロボットでもない。善悪一対になっているのだそうだ。
 これはなかなか面白い発想だ。いったいどのような感じで2人のウルトラマンがからんでくるのかは番組が始まってみないとわからないけれど(まさか悪のウルトラマンがショッカーの首領みたいに毎週怪獣をくり出してくるということはないと思うが)、ウルトラマンという正義の象徴に「悪」という衣装をまとわせるというのは既成の怪獣ものよりも深い物語を作れそうだ。
 ウルトラマンのデザインもいい。善の方は初代ウルトラマンを彷佛とさせるすっきりしたデザインである。悪の方はちょっと切れ長の目をしている。ダークブルーを基調としたカラーで見ようによってはこちらの方がかっこいいぞ。なにより2人ともスタイルがいい。たぶん中にはいる人もスリムな人を選んでいるに違いない。初代ウルトラマンの中にはいっていた古谷敏(ウルトラセブンではアマギ隊員を演じていた)という俳優もなかなかスリムでかっこよかったけれど。
 「ウルトラマンダイナ」は結局見ずじまいに終わったのだが、今度の「ウルトラマンガイア」は見てみたい。楽しみであります。

7月31日(金)

 大臣にはなりたくないねえ。
 中川昭一農林水産大臣が就任記者会見でなぜか第二次世界大戦中の従軍慰安婦問題についてたずねられて「あるともないともはっきりしたことがいえないことを教科書に載せることに疑問を感じている」と発言した。それはそれで自分の考えだからいいんじゃないかと思うが、半日後に再度記者会見を開いて発言を撤回した上で自分が代表をつとめている「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を脱会するとまで言っている。
 何もそこまでする必要はないんじゃないですか。
 自分の意見は自分の意見としてあると前置きした上で、大臣という立場では政府の見解に従うと、それでいいと思うのだが。どうして大臣になったとたん、これまで自分が信念を持ってやってきたことをポイと捨てなくてはならないのだろうね。これまでの活動はその程度のものだったのかね。
 だいたい農林水産大臣がどうして従軍慰安婦について質問されねばならんのだ。質問した記者は失言を期待してわざわざきいたとしか思えない。しかもそれに馬鹿正直に答えるかね。
 大臣になるには何度も当選しないと順番がまわってこないらしいから(それもおかしな話だと思うんだけれど)、せっかくつかんだポストを離したくない気持ちはわかる。そのためにはそれまでやってきた自分の活動を否定したってかまわないということなんだろう。
 もちろん、大臣になったらそれだけ発言にも責任は出てくるわけだから、あまり無責任なことは言えないだろう。しかし、今回の発言、これまでの大臣たちの失言や放言と比べるとかなり慎重なもので、大臣を辞任しなければならなくなるほどのことには思えないのだが。
 いやあ、大臣にはなりたくないねえ。自分の信念もなにもあったもんじゃないからねえ。


ご感想、ご意見はこちらまで。どうぞよろしく。
過去の日記へ。

ホームページに戻る