ぼやき日記


12月22日(火)

 血液検査の結果は「異常なし」。そしたらこのだらだら続く微熱はなんやねん。疲れがどっと吹き出したんかなあ。まあ、もうじき冬休みやから、仕事面ではかなり楽になるか。
 先日の新聞に漫才師のミスハワイさんが亡くなっておられたことが報道されていた。12月13日に心筋梗塞で亡くなられ、葬儀等が近親者のみで行われてからその死を広報したとのこと。
 不思議な漫才やった、と思う。相方の暁伸さんが歌を歌い、それにあわせてギロをかき鳴らし「アーイーヤッ、アーイヤイヤ、アイヤー」とかん高い声で合の手を入れる。歌が聞こえんようになるまで入れる。伸さんが歌をやめると「ほら歌え、歌うてなんぼじゃろ」。伸さんが大きな声を出すと「そんな大きな声出したら、表の客にタダで聞かれまっせ」。派手な衣装で腰をふりふり「アイヤー」。
 よう考えたら全てはこれの繰り返し。「ロマンリズム」と伸さんの名付けた歌と踊り(?)だけの漫才やった。それやのに、いつ見てもおもろいのだ。ハワイさんが「アーイーヤッ」とやるのを見てるだけで楽しくなる、そんな高座やった。
 夫婦漫才やのに「ミスハワイ」もないもんや。これは「ミスワカナ」「ミスエロ子」「ミスワカサ」という芸名の付け方があって(もっともワカサはワカナの弟子やけど)、その最後の一人かもしれへんね。それと、みんな夫婦と知ってたけど、ネタに夫婦であることを中心にすえたのがないというのも上方漫才では珍しいかもしれん。
 70を過ぎても現役で、しかもひとつのパターンを押し通しそれを客に飽きさせなかった芸人さんとして、いつまでも記憶にとどめておきたい。

12月23日(水)

 本日は生徒たちが行っているボウリング教室のクリスマス会。地元のボウリング場と学校の共催で、毎月第4土曜におこなっているボウリング教室があるんです。
 たまたま今年は私が学校側の係になっているんで、出席せんわけにはいかんのやね。
 ボウリング自体はそう嫌いやない。学生時代は同人誌のメンバーとしょっちゅう遊んでた。中学校の産休講師をする時に、その先生が休むまで2ヶ月ほど待機した際には、自宅で受験勉強ばかりしてては体がなまると思って、実家の近くにあるボウリング場に通って汗を流したこともある。
 ただ、今日はきつかった。風邪を引きずってて体がだるい上に日頃の運動不足がたたってもうへろへろ。1ゲーム目の途中までは割と思ったところに玉がいってスペアを確実にとってたのに、5フレームをこすと握力がなくなって玉は右へ左へ変な回転をする。2ゲーム目の前半もそんな調子。今度は逆に尻上がりに玉がいいところへいくようになってきた。腕が疲れてきていらん力が入らんようになったので、素直に放れるようになったのか。
 スコアは、100を少しこしたところ。まあ別に勝ち負けを競いにいったんと違うからかまへんのやけどね。
 そのあとのパーティーではビンゴでサンタの長靴に駄菓子が詰め合わせてある定番のおみやげをもらう。ビンゴのあとはカラオケ。今どきは三角帽子をかぶってクラッカーを鳴らすというようなパーティーはありません。
 バブル以降クリスマスというのはカップルがホテルで飯を食って泊まる日みたいになったけど、たぶんその前はパーティーをやるものと相場が決まってたんと違いますか。
 とにかくまあ、いくらなんでもいい年をしたおっさんがサンタの長靴をぶら下げて電車に乗るのも恥ずかしかったので別の袋に入れて持って帰った。ボタンがついてて不用意にさわると「ジングル・ベル」の曲が鳴るようになってるのにはちょっと困った。
 家に帰ったらなんかどっと疲れが出てしばらくへたってた。風邪をひいてる時にボウリングなんかやるもんやおまへんで。いやほんま。

12月24日(木)

 今日は終業式。やっとこさ2学期が終わったわい。やれやれ。
 仕事を早めに切り上げて、帰りには守口の京阪百貨店に寄る。クリスマスソングががんがん流れていて、プレゼントを買うために婦人用品のコーナーをおっさんがうろついていたりする。あ、私もそうか。
 エスカレーターを昇ったところに「プリクラ」が置いてあった。見ればサンタクロースが中に顔を突っ込んで写真を撮ってる。あいつ、何やってんのやろと見ていると、サンタクロースの格好をした若い兄ちゃんのむこうから小さい子どもがでてきた。できたプリントをサンタの兄ちゃんが子どもに手渡す。バイバーイなどと手を振って、兄ちゃんはそのまま「プリクラ」の前に突っ立ったまま。
 なるほどねえ。サンタといっしょにプリクラという子ども向けの新手のサービスやったんやねえ。百貨店もいろいろ考えるね。しかしあの兄ちゃんはサンタというにはスタイルがよすぎるぞ。もう少し肥えたバイトはおらなんだのかな。
 ハンバーガーショップでは女の子のサンタがフライドチキンを売っている。なんでも郵便局ではプレゼントを小包で送るのにサンタの格好をした配達員が子どもに手渡すというサービスをしてるそうな(これは妻がTVのニュースで見たという話)。
 ここ数日、日本だけでもいったい何人のサンタクロースが出没してるんやろう。
 そういえば、幼稚園のころクリスマス会にサンタクロースが現れて何かプレゼントをくれたなあ。あれは確か外人の爺さんやったぞ。ああいう出稼ぎサンタというのは今もおるのかね。
 サンタクロースもこうたくさん見かけるとありがたみがないなあ。

12月25日(金)

 歳末大売り出しに欠かせないもの、それは福引きです。六角形の箱に色の玉が入っててがらがら回してぽとんと落とすという、あれがないと歳末大売り出しではないね。
 最寄り駅前の本屋も加入している商店会の福引きを先日7回引いた。その本屋でいかに買い物をしているかということやね。他の店にはめったに入らへんからね。7回のうち5つはスカで飴玉やラムネ菓子の小袋が当たった。特等は琵琶湖の旅とかいうのやけど、これは当たらん。残りは1000円の商品券が2回。都合2000円。年末まで有効で、もちろんその商店会でしか使えへん。私がその商店会で行くのは本屋だけ。
 というわけで、今日はさっそく本屋に行って2000円分、雑誌や文庫を買いましたがな。そんなん使うのはちょろいもんよ。本やったらなんぼでも買いたいのはある。レジでまた抽選券をもらう。あと1回は引けるんですな。すぐに引きに行く。
「2等です」。
 なんと今度は3000円分の商品券が当たったがな。3000円分の本を買うくらいなんでもない。本屋を1周したらすぐにそれぐらいの本は手の中にある。しかし、すぐに使うのはもったいない。どうせ本屋には毎日のように行くんやから、とりあえず持って帰ることにした。
 いやしかし、私はあまりくじ運というのはいい方ではないので、これまでこういう福引きではスカしか引いたことがなかったんやけどなあ。8回引いて5000円ももうけたというのはこれはめったにないことやね。もしかしたら今年中の運を使い切ってしもうたのかもしれへんぞ。これは困った。
 今年もあと6日。連日悪いことが続いたらどないしょう。何を弱気になっておるのやら。たかだか5000円で運が尽きるわけないか。

12月26日(土)

 今日は京都のかかりつけの医者に行き、薬をもらう。帰りに寺町の電機店街に寄り、かねてから買おうと思っていたMOドライブを買うた。640MB対応の高速MOドライブが6万円を切る価格で買えるんやから、ここまで待った値打ちがあるわいな。
 なにしろまだまだパソコンのことにはくわしくないので、店員さんに相談せんと何がええのやらさっぱりわからん。リンゴのマークの入ったパーカーを着ている人に最初たずねたら、超特急で奥から別な人を呼んできた。その人はかなりコンピュータにはくわしい人らしい。こっちがアホな質問をしてもていねいに答えてくれる。
「あの、私のマシンは『ぱわーまっく4400/200』なんですけど、このドライブは接続できますかあ」。
「周辺機器は何をつないでますか」。
「ええと、ぷりんたーだけすがあ」。
「プリンタポートに接続してはるんですね」。
「はあそうです」。
「それなら××(聞き取り不能)は空いてますから、大丈夫でしょう」。
「あの、回転数が速い方がええんですかあ」。
 一応、初心者向きのパソコン雑誌を毎月買うてはお勉強してるんやけど、店員さんの前では付け焼き刃の知識なんかカスみたいなもんである。店員さんも「こっちがいいですよ」とは言わへんのやね。いろいろと特徴を示しただけで、あとは私に選ばすようにしてくれる。コンセントもACアダプタを使ってるものは本体が熱くなりにくいとか聞くと「ほほう、そのようなものか」と感心してしまう程度の客によくつきあってくれたものです。
 家に帰ってさっそく接続。「ぼやいたるねん」のこれまでの中身は何枚かのFDに分けんと収まらんかったんやけど、1枚のMOに楽々格納。いやあよかったよかった。

12月27日(日)

 パソコンで年賀状のレイアウトをしていると、外から拍子木の音が聞こえてくる。
 地元自治会防犯部の「年末特別警戒」やそうで、子どもたちが「火の用心」と大声でやっている。私も実家にいた時にはかり出されて近所の子どもたちといっしょに「ひのよおおじん」とやってたなあ。
「タバコのポイ捨て、やめましょう」。これはわかる。
「マッチ一本、火事のもと」。今どきマッチを使うこと、そんなに多いかなあ。ストーブもたいていは自動着火と違うかなあ。
「魚焼いても家焼くな」。なんやそれ。
「焼肉焼いても家焼くな」。しつこいぞ。
「焼きもち焼いても家焼くな」。ええかげんにしなさい。
 去年は確か「焼肉」だけやったような気がするが、いったいこんなしょうもないかけ声を誰が考えてるんやろ。ずっとまえにTVのCMで「バンバンバンバンバンサンカン。焼肉焼いても家焼くな」という焼肉のたれの宣伝があった。牛の着ぐるみが街を練り歩いてやる気がなさそうにこれを言うんだ。あの宣伝のまねから始まったんかなあ。
 しかしなあ、子どもに「焼きもち焼いても家焼くな」なんて言われたないぞ、私は。
 ところで、この「特別警戒」、なんか効果はあるんやろか。確かに放火犯やら盗っ人は「焼肉焼いても家焼くな」とか入れたらそれだけで力が抜けてやる気をなくすかもしれんけど。
 さすがに大人だけの夜回りでは「火の用心」「特別警戒でえす」としか言うていない。そらそやで。ええ年こいて「魚焼いても家焼くな」はたいてい恥ずかしいと思うよ。
「年末特別警戒でえす」。「ひのよおおおじん」。わかったわかった。わかったからもうちょい静かにしてちょうだい。それでは効果がないか。

12月28日(月)

 年賀状の宛名書きをする。昨年もらった年賀状を見ながら手書き。他に今年名刺をもらった方にも書く。データベース化すれば楽なんかしらんけど、「この人とは何年も会うてへんなあ」「この人とは今年こんなことがあったなあ」なんていうようなことを確認するという意味もあって、これだけは毎年手書きだ。
 あとは昨日レイアウトした「謹賀新年」をプリントアウトしたらしまいです。プリンタに何回かに分けてセットしといたらちゃんときれいに印刷してくれる。ありがたいことです。
 あらあらあら。ちょっと待て。上下逆やないか。あわあわあわ。中止中止。
 おいおい、これ、仕事関係の人の分やないか。こらまずいで。急いで失敗した10数枚の表書きを書き直す。
 さてさて、これから一枚ずつ添え書きをしたら明日には出せますな。
 しかしこの添え書きというやつが曲者で、毎年書いてから「しもたなあ、もっと気のきいたことを書かれへんかったんかなあ」と思うことが多いね。なんにしても1日仕事だ。大掃除もお片付けもしてないのに年賀状だけで1日かかりますか。
 妻は風邪でずっと寝ている。私のがうつったのだ。「寝正月」とはいうが「寝歳末」とはいわんか。いっしょに住んでるんやからうつってもしかたないんやけど、なんか悪いことしたなあ。なんかもう、へろへろの歳末ですわ。

12月29日(火)

 森乃福郎さんの訃報に接する。12月27日午前4時55分、肺炎による呼吸不全が死因やそうだ。享年63。
 私はTVの司会や漫談などでしか福郎師匠の姿を知らない。ただ、手元にある1枚のCDが、笑福亭福松門下の噺家であったことをしっかりと刻印している。
「ライヴ上方艶笑落語集 六」(COCF−13246)には福郎師匠の口演による「宿屋嬶」が収録されている。大恩ある大旦那から「今夜、一晩だけでええからおまえの嫁はんを貸してくれ」といわれる宿屋の主人。大金を差し出されれば嫌とは言えない。大旦那は次の晩もその次の晩も「貸してくれ」。
 この落語、大旦那が助平な感じでは面白味が出ない。黙ってても女がついてくるような品がないと、なんでわざわざ特に美人でもないかみさんを貸してほしがるのかというギャップが出ない。
 福郎師匠の演じる大旦那はその点、なんともいえん落ち着きがある。語り口もとつとつとして決して流暢ではないものの味わいのあるものだ。
 もし、福郎師匠がタレントに転向してなかったら、噺家として上方落語界でも十分な地位を占めていたんではなかったやろか。この録音を10年以上前にカセットテープで聞いた時から、ずっとその思いは消えない。
 実は、福郎師匠は私の出身高校の大先輩にもあたるひとなんです。母校にまだ落語研究会があった頃、福郎師匠の弟子の笑福亭福三さんが指導にきているという話を聞いたことがある。今思うと、私も落研に入っておいたらよかったなあ。
 落語家としての力量を十分に持ちながら、時代の流れにのってタレントとなった。その選択が正しかったかどうかは、私にはわからない。しかし、今手元にある「宿屋嬶」の録音は、もし落語に専念していたら名人と呼ばれたかもしれない芸人の片鱗を聞かせてくれる。
 タレント森乃福郎の死よりも、落語家福郎の死を惜しむものである。

12月30日(水)

 銀行へ両替に行く。お正月に親戚の子どもたちに渡すお年玉用として、しわしわのお札を新札に替えなならんのです。
 最寄り駅の前には銀行が3軒ある。この3軒とも「新札への両替は終了しました」と貼紙がしてあるやないか。これは困った。慌てて家に電話して、妻に家の近所にある銀行に走ってもらう。家に帰ってきいたら、そこも「新札への両替は終了しました」そうです。えらいこっちゃ。
 幸い一万円札は妻が新札を常備しておってくれたので助かったけど、五千円札があらへん。やはり妻が常備してくれている千円札を使うことにするけど、小さいポチ袋がパンパンにふくれるのはあんまりええ感じのもんやないですね。
 そやそやポチ袋や。たしか前の年に買うたのの残りがあるはずやと探したら、あるにはあったんやけど、袋に書いてあるのは牛の絵。卯年に牛はあかんやん。10年後しか使われへん。
 もう少し探してみる。銀行の袋に「おとしだま」とメモしたのが出てきた。袋の中に何か入ってる。おお、去年用意しといたけど使わなんだポチ袋が3つもあるぞ。牛の絵やないぞ。千代紙みたいな模様のもの。中に何か入ってる。おお、3つとも五千円札がきれいに入ってるやんか。両替せんですんだぞ。得した気分だ。いやあ、忘れっぽいというのもなんかええことあるねえ。
 というか、こんなんがあるのを憶えてたらなにもわざわざ銀行に行かんでもよかったんやないか。それやったら、ちっともええことあらへんがな。
 とにもかくにもお年玉の用意はできました。こうやって着々と正月に向けて準備が整っていくのであった。

12月31日(木)

 いやはやとうとう大晦日だ。
 
昨年の日記を読み返してみたら、えらくごたいそうな抱負が書いてある。ほとんど実行でけへんだやないですか。
 学校の仕事にかなりエネルギーを使うたというのもあるんやけどね。家に仕事を持ち帰ったり、帰ってからへたって何にもでけへんかったり。
 いやなんかほんまに余裕のない1年やったなあ。学校のお引っ越し、修学旅行の担当、学習発表会のチーフとなんやかんやと忙しかった。高3の担任やから、3月の卒業式までまだまだ余裕はなさそうやなあ。
 しかし、来年こそはものかきの仕事に力を注ぎたい。今年もそう思ってたんやけど、それがでけへんかった分、来年にはちょっと期するものがあるね。うおおお。やるぞお。
 あ、いかん。まだカレンダーをはりかえてへんぞ。しめ飾りもまだつけてへんぞ。吼えてんとやらんならんことを先にやらなあかんがな。

 というわけで、今年もご愛読ありがとうございました。毎日しょうもないことばっかり書いてるのに、つきあって下さっている皆様に心から感謝しています。来年もひとつよろしくお願いいたします。


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