普通、トレードというのは事前にスポーツ新聞であれこれ噂になってから、現実のものとなることが多い。しかし、今回は違った。
10月13日は新聞休刊日だった。ABCラジオ「おはようパーソナリティー道上洋三です」で、大のタイガースファンとして知られる道上アナウンサーが重苦しい口調でこのトレードについて報じた。「うそやろ」と思った。出勤途中、駅売店で「日刊スポーツ」の即売版を買い求め、食い入るように記事を読んだ。久慈照嘉内野手と関川浩一捕手が中日ドラゴンズに移籍、かわりに大豊泰昭内野手と矢野輝弘捕手がタイガースにやってくるのだ。
久慈と関川への通告は最終戦の日、つまり亀山たちがファンと別れを告げた日におこなわれたという。どうやら、ガセネタではないようだ。
久慈は、どこに出しても恥ずかしくないショートストップで、タイガースの顔の一人ではなかったのか。いや、だからこそドラゴンズの主砲、大豊の相手としては申し分ないということなのだろう。大豊をどうしてもとりたい、そのためには久慈といえども出されるということなのだ。
むろん、タイガースには星野修内野手をはじめとして、久慈が抜けた穴をふさぐに足る選手はいる。というか、久慈と星野を天秤にかければ、長打力のある星野を使いたいということなのかもしれない。しかし、守備というものを計算にいれれば、五分と五分だろう。星野の守備も悪くない。でも、久慈の守備には躍動感があり、花がある。
久慈が新人の年、甲子園で守備練習を見て、胸が躍った。いっしょに練習をしている高橋慶彦内野手と比べると、動きが一ケタ違うのだ。高橋はベテランではあったが、広島時代から守備には定評のあった選手である。しかし、久慈と比べるといかにも鈍い。新旧交代の時を感じた。果たしてその年、久慈は新人王に輝き、高橋は引退した。
タイガースには、小型遊撃手の伝統がある。今牛若丸といわれた吉田義男監督がその代表である。久慈の前の平田勝男コーチも、真弓明信さんも、藤田平前監督も、決して大きな体ではなかった。だから、関西学院大学の田口壮内野手(現ブルーウェーブ外野手)がタイガースを拒否しても、小柄な久慈のほうがより虎のショートにはふさわしいと納得できたものだ。
小柄で童顔、肩はそう強くはなかったが、きびきびとした動きの久慈は、タイガースになくてはならない役者の一人になった。その久慈が、来シーズンにはドジャースそっくりのユニフォームを着て青い帽子をかぶり、名古屋ドームのショートを守る……。
大豊がほしかったのは、わかる。でも、久慈はないやろ、久慈は。
ただ、久慈も関川も、タイガースでその成長度がやや停滞していた感はある。一つのチームである程度の居場所が確保できると、ついそれ以上のものを求めなくなるのはどの世界にでもあることだ。そういう意味では、二人にとってこのトレードは、さらなる飛躍への鍵かもしれない。いや、ぜひ大きく飛躍してほしい。
来シーズンの対ドラゴンズ戦、久慈が打席に立ったとき、ぼくは心の中で歌っているだろう。
レッツゴーレッツゴー、照嘉。ここで一発ホームラン。レッツゴーレッツゴー、照嘉。命を賭けろ、と。
(1997年10月15日記)