キャンプインの前日、矢野監督は自分が今季限りで退任することを宣言した。前代未聞の行動だった。選手の間に衝撃が走ったことは想像に難くない。しかし、キャンプインしてからの選手たちの動きは溌剌としており、西勇と糸井の発案でキャンプ中に「予祝」として胴上げをしたくらいだ。選手たちは矢野監督がこの1年にかける気持ちをよく理解していたといえるだろう。
しかし、開幕投手に予定していた青柳、2戦目に予定していた伊藤将が新型コロナウィルスに感染し、止むを得ず藤浪を開幕投手に繰り上げたたところから誤算が始まった。藤浪はよく投げたし、打線も小川泰を攻略して大差をつけた。ここで矢野監督の打った手は、勝ちパターンのリリーフではなく、齋藤をマウンドに送るというもので、ここから悲劇が始まった。齋藤はスワローズ打線に勢いをつけさせ、あわてて勝ちパターンの岩崎を繰り出したが、一度勢いのついた打線を抑え切ることができず、来日すぐで未調整のケラーをクローザーとして起用したが、めった打ちを食らい逆転負けを喫した。こからタイガースは開幕9連敗。10試合目は甲子園の開幕試合で、ここは西勇の好投で連敗を止めたが、さらに6連敗。ここでやっと青柳と伊藤が合流し、投手陣の立て直しができた。クローザーを岩崎に任せ、セットアッパーに湯浅を起用することでリリーフも安定。交流戦はスワローズに続く2位につけ、その後も着実にカードを取っていった。
最大16の負け越しが五割に到達し、独走していたスワローズが後半戦に失速してきたところをもう少しで追いつくところまで近づいた。ところが好事魔多し。主力選手が次々と新型コロナに感染し、しかも他のチームのようにカードごと試合を中止にできるほど一度に患者が出たわけでなく、五月雨的に出たものだから、戦力の立て直しをする間も与えられずずるずると8連敗を喫し、監督の宣言した「ここからドラマを起こしてみせます」という言葉は虚しくなってしまった。
シーズン終盤はAクラス入りをカープとジャイアンツと争うのがやっとで、両チームの自滅のおかげで3位にすべりこんだ。ただ、投手陣はリーグ随一で、CSのファーストステージでは2位のベイスターズ打線を押さえこんでファイナルステージに突入した。ただ、表ローテーション投手をぶつけてきたスワローズの前に苦杯をなめ、日本シリーズ進出はならなかった。
このようなシーズンになった原因は、ただ矢野監督の退団予告だけにあるのではない。米国に取られてしまったスアレスの穴を埋めるだけの守護神を確立できなかった。岩崎はよくがんばったが、リリーフ失敗も何試合かあった。シーズン途中から戦力になったケラーはクローザーとしては速球に威力がなく、中継ぎで力を発揮した。
ケラー以外の外国人選手7人のうち、ウィルカーソンは月間MVPを受賞するほどの活躍を見せたが、惹てかを研究されて後半戦は戦力にならなかった。昨シーズン力をつけたガンケルも故障がちで思うような活躍を見せられず、チェンに至っては二軍でも出番がなく途中退団。アルカンタラは中継ぎで好投することもあったが、落ちる球のないのが災いして終盤の大事なところでは起用できない不安定さを示した。主砲としての期待のかかったマルテは故障続きでほとんど試合に出られず、2年目の飛躍を期待したロハスJr.は全体に力不足であることを露呈させ、ベンチでの盛り上げ役に終わってしまった。シーズン途中に獲得したロドリゲスはよかったのは最初の数試合だけで、すぐに大型扇風機と化した。外国人選手で来季残留が決まったのはケラーのみ。オスナやサンタナがここというところで効果的に働いたスワローズとの差は大きかった。
打線のやりくりのために佐藤輝や大山を固定した守備位置で起用できなかったのも、打撃に影響を与えてしまった上にエラーの増加を招いた。定位置から外れることのなかったのはセンターの近本とショートの中野だけで、糸原に至っては二塁、三塁、一塁と試合ごとに守備位置が変わっていた。二塁に固定できた山本は、打撃がもともと弱く、また慣れないショートを守らされてエラーをしたりとシーズン途中で二軍落ちとなった。これでAクラスに入れたのは分厚い投手陣の力だったとしか言いようがない。
矢野監督は常々「俺たちの野球」として「絶対にあきらめない」「人を楽しませる」と言い続けていた。そのために、かなり選手の自主性に任せて、雰囲気作りを優先させてきた。キャプテンを選手の互選で決めて、坂本が就任。リード面で梅野と対照的な坂本と併用した。捕手は固定がいいという周囲の声よりも、自分の目と選手の目を信じたのだ。これはやはり捕手出身で日本シリーズをも制したバファローズの中嶋監督にも通じるところがある。ただ、結果を残した中嶋監督は称賛され、残せなかった矢野監督は批判される。野球解説者やスポーツ紙の記者などいい加減なものだと言わざるを得ない。それはともかく、坂本は先シーズンからホームランを打った選手の首にかけるメダルを手製で持参し、ベンチをいかに盛り上げるかに心を砕いてきた。このメダルは今季はファンからの公募となり、さまざまなメダルが贈られ、ファンの目を楽しませた。今季は矢野監督の手で選手の首に掛けられた。そのことで選手がやる気を出してくれるなら、なんでもやると言って、その役割を引き受けたのだ。就任1年目の「矢野ガッツ」も同じ発想である。
矢野監督はただ勝つのではなく、ファンと一体になって勝つことを理想としたのだが、残念ながら選手がそのレベルに達することができず、優勝という結果には至らなかった。ただ、在任4年間で、すべてAクラス入りするというこれまでのタイガースの監督にはできなかった快挙を成し遂げたし、先シーズンは勝利数では両リーグトップという結果を残し、今季は最大の負け越し数16から、一時は勝ち越し数3まで引き上げた。これがどんなにすごいことか。新型コロナウィルス感染症によるルール変更や、選手の離脱の際も試合を続けねばならなかったというような悪条件がなければ、最低1度は優勝していてもおかしくなかったと思う。少なくとも開幕から独走しながら悪条件が重なって10差以上離していたジャイアンツに逆転優勝を許し、負けたのは監督の責任といってチームを投げだした監督よりも優れた結果を残したといってもいいと思う。
矢野監督の後任にはそのチームを投げだした監督が再度就任し、矢野監督のやってきたことをすべて否定するようなキャンプを行っている。今、矢野監督はそれをどう見ているのか、来季、解説席で何を語るのか。
今季の最終成績は68勝71敗4分で勝率は.489の3位。優勝したスワローズとの差は12.0。2位ベイスターズとの差は4.0。4位のジャイアンツとは0.5差。投手部門では青柳が最多勝、対優秀防御率、最高勝率の三冠に輝き、湯浅が最優秀中継ぎのタイトルを手にした。野手部門では近本が盗塁王のタイトルを取り返した。ベストナインには投手で青柳、遊撃手で中野、外野手で近本が選ばれゴールデングラブ賞には外野手で近本が選ばれた。また、最優秀バッテリー賞に青柳と梅野が選ばれた。優勝した二軍では、桐敷が優秀選手に選ばれ、最多安打に井上、最多勝利に秋山、最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振に村上、最多セーブに二保が輝いた。ファームの日本一決定戦にはイーグルスに敗れたが、高山が優秀選手賞を手にした。またビッグ・ホープ賞には高寺が選出された。
追記 湯浅が新人特別賞、中野がスピードアップ将野手部門を受賞。
愛すれどTigers年間MVP
投手……青柳晃洋 誰が入団時に青柳を将来の不動のエースと予想しただろう。投手三冠、ベストナイン、最優秀バッテリー賞と、セ・リーグを代表する投手として認められるまでに、不断の努力があったと思う。矢野監督が育て上げた最高の選手ではないだろうか。
野手……近本光司 盗塁王のタイトルを取り戻しただけではない、最多安打のタイトル争いに終盤まで食い込んだし、なによりシーズの終盤にコロナ禍で欠場したとたんに打線が全く得点できなくなってしまった。近本が出塁しなければ、大山も佐藤輝も打点を稼ぐことはできないことを証明したシーズンとなった。
かくして矢野監督の4年間は終わった。疑問に思う点もないではなかったが、それは優勝した星野監督の時も岡田監督の時もあった。それ以上にわくわくするのが矢野野球だった。近い将来、2度目の監督就任を依頼される日が来るのではないかと、私は信じて疑わない。その前にドラゴンズが就任依頼をしてくるかもしれないな。それくらい素敵な監督だったと私は思っている。岡田再監督がどれだけ矢野野球を否定しようと、選手の体には矢野野球が染みついたことだろう。それが岡田監督のやり方に拒否反応を示すか、それを土台に岡田野球をとりいれて開花するか。それは岡田監督次第であろう。
(2022年11月29日記)
(2022年11月30日追記)