愛すれどTigers


2023年を振り返って~38年ぶりの日本一を生んだもの

 岡田監督は変わった。バファローズ監督時代、選手の前でコーチを怒鳴りつけるようなことをして選手を委縮させていた。選手がわざわざそれをやめてほしいと言いに行ったというから、相当激しいものだったのだろう。しかし、それを岡田監督はちゃんと教訓にした。
 自著でも書いているけれど、その後の解説者時代、岡田監督は常に「自分が監督だったら」と思いながら試合を見ていた。テレビ解説を聞いていても、視聴者向けの解説よりも「自分が監督ならこんなことはさせない」というような内容ばかりで、個人的にはあまりいい気分のものではなかった。テレビを通じて「俺に監督をやらせろ」とアピールしているようだった。
 しかし、それが幸いしたのだろう。阪急阪神ホールディングスの上層部の眼鏡にかない、タイガースのフロントが考えていた平田監督案を鶴の一声で覆させるほどのアピールだったのだ。
 矢野前監督は全ての選手をどこでも守れるようにして、状況に応じたオーダーを組んでいたが、岡田監督はオーダーを固定し、選手それぞれの役割を体にしみこませる方法を取った。矢野前監督は「超積極的野球」を標榜し、初球からでも好球必打、盗塁はいけたらいつでもいく、そういう野球を展開したが、岡田監督は四球を選ばせ、盗塁もすべてサインでコントロールしていった。
 それがはまった。若い選手の多いチームだけに、自分の判断だけで野球をするのはまだハードルが高かったのかもしれない。4番にはファースト大山を固定し、1番センター近本、2番セカンド中野、7番キャッチャー梅野と坂本、8番ショート木浪と主要ポジションの選手はほとんど動かすことがなかった。
 大型補強はせず、トレードで渡邉諒と高濱を獲得し、ドラフトで森下ら新人を指名したほかは現役ドラフトで大竹を獲得しただけにとどめた。外国人選手はメジャーでは「守備の人」だったノイジーと未完成のミエセス、先発要員のB・ケラーとリリーフ要員のビーズリー、途中でやはりリリーフ要員のブルワーを獲得し、K・ケラーだけが残留という形で、鳴り物入りの選手はとっていない。
 とにかく現有勢力の見極めと底上げをキャンプとオープン戦で徹底的に行い、中堅どころで見切りをつけた選手は一軍に呼ばれず、シーズン終了時に戦力外を言い渡された。二軍からあげるのは若手選手のみ。
 これもはまった。青柳や西勇のような実績のある選手が調子を落とし二軍落ちしていく中、プロ入り3年目の村上と現役ドラフトの大竹がローテーションの中心となった。森下はレギュラーの座を手にし、渡邉諒がどんなに不振になっても北條や山本が一軍に呼ばれることはなかった。終盤では桐敷や岡留をリリーフ陣に抜擢し、小林は1仕合のみ、渡邉雄、二保、はやはり一軍には呼ばれなかった。オープン戦で結果を出せなかった中堅選手が、開幕の段階で戦力外となってしまっていたということだ。
 しかし、タイガースは勝ち続け、5月には独走かと思われ、交流戦で少し調子を落としてベイスターズに追いつかれたものの、リーグ戦再開後は再び調子を取り戻した。オールスター前にまたペースが落ち、カープに追いつかれたが、8月の長期ロードで挽回した。そして9月に入ると11連勝で一気に優勝を決めてしまった。
 CSではカープを接戦の末3連勝で退けて勢いをつけ、日本シリーズではバファローズと毎試合熱闘を続け、7戦目で日本一に輝いた。その間、岡田監督は「優勝」は口にせず「アレ」と呼ぶようにし、「普通にやったらええねん」とことあることに口にした。1985年の吉田監督が「チーム一丸」「我々は挑戦者」をしつこく繰り返したのを参考にしたのか。その時は日航事故で中埜球団社長が亡くなり墓前にウィニングボールを捧げることが目標となったが、今季は脳腫瘍で引退した横田選手が亡くなり、選手たちの心を一つにした。
 思えば、金本監督時代にドラフト戦略が変わり、矢野監督時代には自主性を重んじる野球が展開された。下地はそこでできていた。そのようなチームに「勝利」の方向付けをしたのが岡田監督だった。大竹、村上、伊藤将のようなコントロール重視の投手がそれぞれ10勝を超え、才木、西純のような速球派とうまく混ぜながらローテーションが組まれた。大きい一発より四球からでもつなぐ野球で1点をもぎ取る野球に徹した。青柳と西勇も後半は調子を取り戻した。谷間に起用されたビーズリーがいい働きをした。途中加入のブルワーも好機で相手打線を断ちきる中継ぎとして機能した。抑えは当初湯浅が担ったが、WBCを優先するようなキャンプを送ったせいか右腕の故障で戦列を離れたが、岩崎が昨季に続いてクローザーとしてその座を固めた。ワンポイントでは島本、イニングをまたぐ時は桐敷、勝敗関係なく投げた岩貞、石井と加治屋。リリーフ陣に隙はなかった。
 打線は近本と中野が二段構えでチャンスを作り、森下、大山、佐藤輝、ノイジーで返した。また、木浪が「恐怖の8番」と呼ばれる活躍を見せ、下位打線で作ったチャンスを近本や中野で返すというパターンも多かった。正捕手の梅野が死球で骨折し離脱したあとは、坂本が正捕手として投手をリードした。
 この試合がターニングポイント、というところはなかったと岡田監督は言うが、私は東京ドームで今季初先発した村上が7回を完全に抑え切った試合と、9月の甲子園でのカープ3連戦の初戦で森下翔がカープの森下暢からホームランを放ち、そこでカープの選手から戦意が消えた、この2試合が大きかったと思う。
 今季の最終成績は85勝53敗5分で勝率.616の優勝。2位カープとは、11.5差。3位のベイスターズとは12.0差。投手部門では青柳村上が最優秀防御率、岩崎が最多セーブのタイトルを手にした。野手部門では近本が盗塁王のタイトルを2年連続で獲得。中野が最多安打、大山が最高出塁率のタイトルを獲得。MVPと新人王に村上が輝き、ベストナインには一塁手で大山、遊撃手で木浪、外野手で近本が選ばれゴールデングラブ賞には捕手で坂本、一塁手で大山、二塁手で中野、遊撃手で木浪、外野手で近本が選ばれた。また、中野がスピードアップ将野手部門を連続受賞した。二軍では、最多勝利に秋山、最多セーブに小林が輝いた。岡田監督は最優秀監督賞と正力賞に輝いた。
 また新語・流行語大賞に今季のスローガン「A.R.E(アレ)」が選ばれた。

愛すれどTigers年間MVP
投手……村上頌樹
 昨季、二軍での投手タイトルを総なめにした実力を今季は一軍でついに発揮した。安藤コーチが二軍から昇格して、引き続きその調子を把握できたのも大きかっただろう。岡田監督の抜擢がよく称賛されるが、昨季の二軍監督の平田ヘッドコーチとともに、一軍に配置換えになったスタッフの力が大きかった。来季も大崩れすることなくその実力をいかんなく発揮してほしい。
野手……中野拓夢
 二塁手にコンバートされ、それが見事にはまった。ゴールデングラブ賞を名手菊池涼(C)からもぎとった。そして最多安打を牧(DB)と分け合う。近本が死球で離脱した時もチャンスメーカーとしてその任を果たした。そしてフルイニング出場。岡田監督が期待していた以上の働きをした。来季も安定して力を発揮してくれることだろう。

 神戸と大阪での優勝パレード、優勝記念のハワイ旅行と、これまで経験したことのないオフシーズンを送ったタイガースの選手たちが、これで達成感を味わってしまったらという心配をしている。来季は各チームがタイガースをターゲットにしてくるのだから、今季のスワローズのようにそれに敗れ去ったりしては元も子もない。岡田監督の方向付けは正しく、素晴らしいシーズンを送れたが、金本監督の超変革、矢野監督の自主性を重んじる超積極的野球が育んだものが開花したということをわすれてはならないと思う。それを一番理解しているのは平田ヘッドコーチで、平田コーチなくして今季の日本一はなかったと、特筆しておきたい。

(2023年12月21日記)


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