「江戸前の男 春風亭柳朝一代記」、「江戸っ子だってねえ 浪曲師廣澤虎造一代」に続く江戸っ子寄席芸人一代記の三作目。
都々逸や新内を持ち芸として一世を風靡し、その肩書きも「ご存知」柳家三亀松というようにその芸を確立した柳家三亀松の一生を描く。深川の木場で生まれ育ち、芸人を志して幇間の弟子になるが芸者と割りない中になってはしくじり、流しの新内語りを始める。相棒と仲違いをした後は、素人芸人の〈天狗連〉にまじって都々逸を高座にかけるようになったところを落語家の柳家三語楼に見込まれて弟子となり、三亀松の名をもらう。吉本興業から声をかけられ大阪に行き、専属契約をかわした彼は東西を掛け持ちする人気芸人になり、花菱アチャコや伴淳三郎らから「兄さん」と呼ばれる実力者に。芸者と数々の浮き名を流した彼も、宝塚のスター高浪喜代子に一目惚れ、初めて会った翌日にプロポーズすれば、それまでの女との仲を精算し、以後はほとんど女房一筋に。もっとも、のちに吉本レビュー団の日出子に惚れて、結局二号を囲うことにはなるのだが。声帯模写の弟子もできた三亀松だが、戦後は芸人の多くがそうだったようにヒロポン中毒になる。しかし、妻と弟子の献身的な働きかけにより中毒を脱し、ガンで死ぬまで演芸界のトップとして君臨する。
粋で、艶がある三亀松の芸を、私は録音でしか知らないのだが、男女の会話を一人で演じながらはさみこむ都々逸の味なことは印象に残っている。子どもの頃から深川で育ち、川筋ものから「粋」とはどういうことかを叩き込まれた。そんな芸人はもう二度とはでてこないだろう。テレビからは、そして大都会となった東京からは、決して生まれることのない芸人。作者はそんな芸人たちを次々と追い、そして小説の中に蘇らせている。
もう二度と見られることのない風景、それを活写する作者の腕前。みごとである。そして、芸人の生き方を時には面白おかしく、そして時にはしんみりと描き分けるうまさときたら。もちろん、綿密な取材あってのことであろう。生き残った証人たちから話を引き出すうまさもあるのかもしれない。
読み出したら止まらず、一気に読んでしまった。文句なしの面白さである。
(2003年8月5日読了)