ぼやき日記


7月21日(金)

 6月25日の日記に書いた「バンパイヤ」のビデオの、今日は発売日。いそいそと「K阪百貨店」に行く。ありゃりゃ。「わんぱく王子の大蛇退治」はあるけど、「バンパイヤ」は置いてないぞ。あれだけ勧めておいて入荷せんとはどういうことですか。つまりあれは「入荷しませんから予約しましょうね」ということやったんか。ええもんね。今度梅田か京都に出ていったときにアニメショップで買うもんね。あ、やっぱり最初から買う気やないか。もっと迷うかと思うてたのに。
 隣の書籍売場をのぞく。新刊もあまり出ていませんね。何気なく見つけたのが「書いて稼ぐ」というタイトルの本。「『鳩よ!』編集部編」とある。書いて稼ぐとは豪儀なことやね。どんな人が書いて稼いでるんかいな。まさか書評家の名前はあるまいなと思うて手にとってみる。
 ミステリ系の書評家の人の名前があった。杉江松恋さんや猪狩春男さんといった人たちや。ほほう、ミステリ系やと書評家も稼ぐほど書けるのか。ぱらぱらとページを繰ってみて、なんか腹が立ってきた。ミステリ系の書評家の人の方が、SF系の書評家よりも仕事の量はあるみたいやけれど、インタビューを読んでると専業で書評ができるほどには稼いでないらしい。読めばそれは明白なんやけれど、それやったら「書いて稼ぐ」というようなタイトルの本に書評家を含めんといてほしいね。
 インターネットで自分の書評サイトを開いている人なんか、商業誌に書いてみたいとか書評で原稿料をもらいたいとかいう人もいてはると思うけれど、こういうことは趣味の範囲にとどめておいたほうがええよ。私のような零細三文書評家が偉そうにいえた義理やないと思うけれど。「書いて稼ぐ」どころか持ち出しです。赤字です。そのジャンルが好きやないとできません。自分のサイトに好きなことを書き散らしている方が気楽でよろしい。なまじ書評家などという肩書きがつくだけ責任は生じるし風当たりもきつくなる。
 それでも書評をしていることで生じる喜びはいろいろとある。そやけどそれは個人的なものであって、「書いて稼ぐ」のとは別次元のものです。
 「鳩よ!」編集部の方たちに、零細三文書評家としていいたい。「書いて稼ぐ」などと素人さんをだますような本を出してはいけません。「書いて稼ぐ」ことのできる人はそう多くはない! その中に兼業書評家の名前を入れたらあかん。絶対誤解する人が出てくる。時たま商業誌に書いたりしてお小遣い程度の原稿料を手にするだけの者も金儲けをしているように思われたらたまらんよ。それは出版業界にいるあなた方が一番わかってることと違うかね。

7月22日(土)

 どうも昨日の日記は愚痴っぽくていかんね。1学期が終わって緊張の糸が切れ、どっと疲れが出ているのが原因かなあ。いくら「ぼやき日記」でもあまりストレートな愚痴はよくないね。

 というわけで、今日は久しぶりにクラシックのコンサートに行ってきました。これなら愚痴っぽくならんですむと思うぞ。
 今日いったのは関西フィルハーモニー管弦楽団の「アレスコファンタスティックコンサート」。曲目はシベリウスの「フィンランディア」やらグリーグの「ペール・ギュント」組曲などポピュラーなもの。夏休みのファミリーコンサートという趣向らしい。指揮者は期待の若手藤岡幸夫。いや実はお目当てはそこではないのです。
 「チャレンジ・ザ・コンダクター」というコーナーがあって、その場で希望した素人さんを指揮台に立たせてブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」を指揮させるという。このチラシを見た友人が、ここに友人の
ゆらむぼさんを出させようとクラシック仲間で目論んだのであります。ゆらむぼさんは指揮者の物真似をさせたら天下一品。芸人の好田タクトも真っ青というくらい似ている。ただし、カラヤンやバーンスタインという有名どころだけやなくサバリッシュ、スウィートナー、マタチッチなどかなりクラシックが好きな人でないとわからん指揮者の真似やらフルトヴェングラー、トスカニーニ、クナッパーツブッシュなど戦前戦後に活躍した巨匠の真似を得意としており、一般性にはなはだ欠ける。この人を指揮台に登らせてプロの演奏家を笑わせようという企みであります。
 ただし、その場で指名されなければなんにもならん。ゆらむぼさんが手を挙げたら私たち友人が「いけいけ」「わー」と盛り上げて目立とうという作戦をたてる。ゆらむぼさんはしかし、我々の応援などなしで大声で挙手をして立ち上がり、指名される前に舞台に向かうというパフォーマンスを見せてくれたのであります。
 指揮者の真似をする時間の余裕はなかったけれど、オーバーアクションと雰囲気たっぷりの解釈で場内を沸かせた、だけやない。本職の指揮者、藤岡幸夫も腹をかかえて笑い、リップサービスとはいえ「ライバル登場ですね」とコメントした。ゆらむぼさんも我々も実に楽しい一瞬でありました。
 昔から、男が一度やってみたいものに「連合艦隊の司令官、プロ野球の監督、オーケストラの指揮」があるという。実際、私も一度でいいからオーケストラの指揮はやってみたい。ゆらむぼさんの指揮姿を見てたら、実に気持ちよさそうやった。最近、ゲームソフトでオーケストラの指揮をするのが出てるとニュースでやっていたけれど、あれはインテンポでかっちりと指揮しないとゲームオーバーになってしまうみたい。そんなんおもろないなあ。どうせ指揮をするなら、自分の好きな解釈で思う存分オケを鳴らしたい。その点、今日の「チャレンジ・ザ・コンダクター」はちゃんと指揮者にあわせてオーケストラが鳴らしてくれた。それでこそ指揮。
 普通のプログラムよりもそちらの方を楽しむという邪道な楽しみやったけれど、愚痴も吹っ飛ぶコンサートでありました。

7日23日(日)

 120分3本パックのビデオテープを買うてきていそいそとビデオデッキにセットして「さあ、明日から『六番目の小夜子』の再放送や」と喜んでいたら、妻が「そんなん、よう憶えてたね。うちの人はオタクやったんや……」とさもショックを受けたように言う。「そんなこと、結婚前からわかってたでしょ」。妻は平然と「うん」。誰も見てないのに芸をするんじゃありませんよ。

 オタクついでに、楽しいCDを買うてきたのでご紹介。「かっぱなにさま? かっぱさま!/たこやきなんぼマンボ」というカップリングのCDです。歌は杉田あきひろ・つのだりょうこのコンビ。はい、わかる人はわかるね。「おかあさんといっしょ」の新曲でありますね。子どももいないのに中年のおっさんがこういうCDをきいて喜んでいるというのもけったいなもんやけれど、それはまあよろしい。
 「かっぱなにさま−−」は80年代テクノサウンドに酔いしれた方にはぜひ聞いていただきたいピコピコ感がよろしい。それよりも絶品は「たこやきなんぼマンボ」やね。マンボのリズムに乗って「たこやきマンボでなんぼ マンボ たこやきマンボでなんぼ ちゅーちゅー」と大阪弁で歌われる。誰かが「大阪はラテンのノリや」とどこかで書いてはったけど、それを実証してるね。「うちらようきなたこやきやから」と「かしまし娘」の本歌取りをしている隠し味にも注目したいところやね。
 大阪弁の歌というとどうしてもど根性演歌に偏りがちな昨今、こういう明るく楽しいノリの歌が全国のよい子たちに普及してくれると私はとても嬉しい。「おかあさんといっしょ」はあの「だんご3兄弟」をあのヒット以降も番組でとりあげ、スタンダードにしようとしている。この姿勢に私は多いに共感するものやけれど、この「たこやきなんぼマンボ」もぜひスタンダードとして後世に残していただきたい。ちゅーちゅー。

7月24日(月)

 むやみに暑い。今日はプール登校日やったけど、水のぬくいことぬくいこと。温水プールよりもぬくい。暖水プールという感じ。原チャリで走っていても頬に当たる風は温風を通り越して熱風や。単車で走ってて汗が吹き出るやなんてたまらんね。

 黒田清さんの訃報に接する。享年69。死因は膵臓ガン。
 黒田清ときいてもぴんとこない人もいるかもしれへん。大阪を中心に活躍したジャーナリスト、だけではわからへんかも。讀賣新聞大阪本社に勤務していたときは社会部長として常に弱者の視点に立った記事を書き続けていた。交通事故で死んだ子どもの言葉「大きい車、どけてちょうだい」をタイトルにした著書もある。中曽根政権時代、その政策立案に協力した東京本社の幹部、渡辺恒雄らに反発し、ついに退社。讀賣時代の部下、大谷昭宏さんらとともに「黒田ジャーナル」を作り、独自の動きで弱いもののがわに立った取材、報道をしていた人なのだ。
 私は黒田氏が「日刊スポーツ」(大阪版)に連載していたコラム「ぶっちゃけジャーナル」「ニュースらいだー」を愛読していた。節分の巻きずし丸かぶりが船場の風習やったのを知ったのもこの連載やった。阪神淡路大震災の時は「トイレはどないしてる?」と被災者の核心を突く聞き方をしていた。被災者が一番困ってるのは何やろうと肌で感じていたからこそ、そういう質問が出てきたんやと思う。あかんものはあかん、ええものはええとはっきりとものを言うジャーナリストで、そこが好きやった。
 今度の沖縄サミットのことなど、まだまだ黒田さんに書いてほしいことはあったのに。公式発表から真の意味をえぐり出し、我々にわかりやすい言葉で伝えてくれる、貴重な人やった。大谷昭宏さんにはぜひその後を継いでほしいと思う。
 黒田清さんに、心から哀悼の意を表します。

7月25日(火)

 <bk1>で本を注文したら、特製ブックカバーがついてきた。あれは確か先着1万人の人に当たるはずやったと思うてたけど記憶違いやったかな。もうとっくに1万人くらい注文しているやろうとあきらめていただけに、これは嬉しい。

 7月15日の日記で紹介した「百鬼夜行 妖怪コレクション」の他の妖怪を買おうとコンビニへ行くと、またまた違う物を買うてしもうた。
 明治製菓の発売している「ヒーローコレクション2000」というお菓子のセットであります。おなじみマーブルチョコ、クリームキャラメルとミントガムの3点セットなんやけれど、箱の絵に手塚治虫の原画を使用している。マーブルチョコは「リボンの騎士」、クリームは「ジャングル大帝」、そしてガムは「鉄腕アトム」。これだけやったら、心は多少は動いてもそうかんたんには買いません。おまけがちゃんとついている。これに心を動かされた。
 これがびっくり。マウスパッド。私が買うたのは鉄腕アトムとブルートウが戦うてる絵やったんやけれど、箱の説明によると手塚キャラクター総登場のデザインもあるらしい。
 「ヒーローコレクション2000」というからには他のヒーローのセットもありそうなものやけれど、探したらありますね。「ウルトラマン」です。こちらはウルトラマンとウルトラセブンの写真を菓子のパッケージに使うている。マウスパッドはもちろん2種類。ウルトラマンとウルトラセブンであります。
 もうこれは私に買えと言うてるに等しいね。だいたいマウスパッドをおまけにつけるというところからしてもターゲットは大人やないか。久しぶりにマーブルチョコを食べると、これがまた懐かしい味でもう。やっぱり大人相手の商売やね。
 このおまけのマウスパッド、小さいんだ。薄っぺらくて、裏紙をはがして厚めのマウスパッドの上に貼るようにできているみたいや。いや、セットの箱に貼るのかな。それでは使いにくそうや。これはマウスパッドというより下敷きやね。本屋でマンガを買うたらぺらぺらの下敷きをもろたことがあるけど、あんな感じ。そんなもんでも欲しくなる自分が悲しい。
 ところで、マーブルチョコのパッケージにはやはり伝統を守って鉄腕アトムを使うてほしかったな。中に「鉄腕アトムシール」を入れろと、そこまではいいませんけどねえ。
 おっさんはこれやから。妙なこだわりは捨てましょう。

7月26日(水)

 「第39回日本SF大会 Zero-CON」のプログレスレポートが送られてきた。前回SF大会に参加したのは1986年の「第25回日本SF大会 Daicon5」やったから、14年ぶりのSF大会参加ということになるね。なんで14年もSF大会に行かへんかったかというと、あまり行きたいと思わへんかったからで、それが今年急に行く気になったのは、行きたくなったからですわ。答えになってませんか。言葉にはでけへん深いものがそこにはある。いや単に金がなかったり暇がなかったり面倒くさかったりしただけですが。
 SF大会は今回が4回目の参加。初めて行った「DAICON IV」は同人誌売場に張りつきっぱなしで(売り子が私一人だけやった)ろくに企画を見てへん。次に行った「GATACON-Special」は「Daicon5」の宣伝のために行ったみたいなもんで、昼間は荷物を取りに新潟空港に出かけたりしていてろくに企画を見てへん。「Daicon5」の時はスタッフをしてて「ファンジン大賞」の司会をしたり参加者の案内をしたりとばたばたしていて企画を見るどころの騒ぎやなかった。つまりこれまで参加したSF大会では私はついぞ落ち着いて企画を見ることがでけへんかったことになる。
 今回は純然たる一般参加者やからね。なにか企画に出演するわけでもないし、妻といっしょにスケジュール表を見ながら「あ、これを見たい」「私はこれやわ」などと言いながらチェックを入れている。ゲスト参加者の方たちの顔ぶれを見て「この人とこの人には会いたい」「手土産を持っていこう」「サインをもらおう」とチェックを入れる。実際は知り合いに会うて立ち話なんかしてるうちに時間が過ぎそうなんやけれど。まあそれも楽しい。そういう時間は合宿でとりたいんやけれど、残念ながら合宿はなし。なんでや。合宿こそがSFコンベンションの楽しみやのになあ。
 宿は安い安いビジネスホテルをとった。新幹線の指定券も買うた。朝の5時半に家を出たとしても10時のオープニングにぎりぎり間に合うかどうか微妙なところなんやけれどね。だいたい朝にそんなに早く起きられるんかいな。綱渡りのスケジュールやなあ。
 あと10日ほどあるんやけれど、気分はもうSF大会。もっともその前に「S−Fマガジン」の原稿を書いてしまわんならんな。そのためにもう何冊か読んでおきたい本もあるな。当日のスケジュールと同様、大会までのスケジュールも綱渡りでありますね。

7月27日(木)

 時事ネタというのはその日のうちに扱わんとこの手のウェブ日記ではみるみるうちに鮮度が落ちてしまうんやけれど、私の頭の回転はとろいので、なんとか考えがまとまった頃には旧聞に属してしもうていることが多い。まあ、その日に考えたことを適当に書き散らしている日記ですから、そこらへんは許していただくことにしましょう。
 コンコルドの事故の話であります。たった2日前のことやのに、どうです、もう鮮度が落ちているでしょう。
 あの事故が起こったというニュースを聞いたとき、私が驚いたのは「コンコルドて、まだ現役やったんか」ということ。考えてもみてよ。私が小学生くらいの頃に「夢の超音速旅客機」と騒がれてたんやで。細い機体に猛禽類を思わせる顔をして、そらもうかっこよかった。これから21世紀にかけてはこんな飛行機ばっかりが空を駆け巡るんやというイメージがあったね。そのイメージは学習雑誌の特集記事に植え付けられたものやったんやけれど。
 ところが、現実はエアバスが主流になったからね。大量輸送でコストパフォーマンスをおさえるということであのずんぐりむっくりした機体が世界の空を飛び交うようになったわけやから、夢の超音速旅客機も何もあったもんやない。まさかまだそれが現役で就航してるとは、海外旅行に縁のない私には思いもよらなんだ。
 しかしなんですね。コンコルドというのは20世紀後半に描かれた21世紀への夢やったわけやけどね、それがまさに20世紀が終わる年に「老朽化か?」と疑われるような事故を起こしたというこの事実は、偶然とはいえ、21世紀に向けた「夢」が現実に押し流され、我々が子どもの頃に提示されていた未来像と違うものにとって替わられていることの隠喩みたいな気がしてしかたない。これがこじつけでしかないことは私自身ようわかってるけどね。それにしてもそういうこじつけができるとは、皮肉なタイミングで起こった事故やね。

7月28日(金)

 私はあまり物を買い換えるということをしない。新しい型が出たらどんどん買い換えていく人もいるんやけれど、どうも私はものぐさで、今使うてる物になじんだらそれで安心してしまうことが多い。ところが今は時代がどんどん前のめりに進んでいくから、一つの物でも3年も使うているとすっかり時代遅れになってしまう。
 私の場合、3年くらい前に一気に物が揃うた。携帯電話、デジタルカメラ、パソコンと買うたり懸賞に当たったりして「ふっふっふ、これで私も時代の最先端」とほくそえんでおったんやけど、気がついたら携帯でインターネットができたり、輪郭がギザギザにならないデジカメが当たり前になったり、パソコンの読み込みもえらい早ようなったりしてて、私の持ち物はすっかり時代遅れになってしもうたのでありました。
 せめて携帯電話だけでも新しくしよう、と思うたのは、妻に携帯を貸したら「大きい、重い」と言われて「そうか、私のは大きくて重いんや。どうも使いにくいと思うた」と気がついたわけです。今年の3月に東京に行った時、さいとうよしこさんから「すごーい、まだこんなの使ってるんだー!」と妙な感心のされ方もした。つまり「あなたのお家ではまだ黒電話を使うてはるんですか!」と感心されるのといっしょですな。
 てなわけで先日電話番号だけそのままにして携帯電話の機種を換えようとドコモショップに行った。値段表を見たら、一番安いので1万7千円もする! なんでそんなにするんや。新規に買うたら3千円くらいのもんやないか。というわけで、二の足を踏んでたんやけれど、今度東京に行くにあたってあまり重いものをもって歩くと不便なんで出費を惜しんではいられへんと駅前の携帯電話ショップに飛び込んだ。
 「3年も使うたはるんやったら、5千円で換えられますよ。1万7千円は高いなあ」と言いながら店長さんが料金表を見たら、1万7千円というのは契約後6ヶ月未満の場合やったんですわ。「ドコモショップならうちより安くで換えられるから、そっちに行きなさい」とえらい良心的なお店でよかった。で、原チャリをとばしてちょっと離れたところのドコモショップに行くと、3千円だけですんだ上にかかった時間は20分。こんな楽なことはない。こんなんやったらもっと前に行っといたらよかった。あほくさ。
 というわけで、私も明日から携帯電話でメールを送れる身分になったのです。ふっふっふ、これで私はまた最先端。ただし、あの分厚いマニュアルを頭に入れて使いこなせるかどうか。ビデオの録画予約のやり方をいつまでたっても憶えられへん爺さんを笑うてられんようになってきたぞ。時代の最先端は果てしなく遠い。

7月29日(土)

 盆踊りの季節らしく、近辺の公民館や学校のグランドで毎日毎日とっかえひっかえ河内音頭をやっている。私は京都生まれの京都育ちで、河内音頭にはなじみがない。今住んでいるところは北河内やけれども、なんかみんな河内音頭が好きみたいやなあ。地元の人はえんやこらせーのどっこいせを聞くと血がたぎってきたりするんやろうか。

 着メロをiモードでダウンロードできるようになったんで面白がって何曲か携帯電話に入れる。とりあえず「ネコジャラ市の11人」のテーマを着メロにした。ご存知ない方もいてはるやろうけれど、昔NHKでやっていた人形劇であります。この番組のあと、「新八犬伝」にバトンタッチしたんですな。人形製作も脚本も「ひょっこりひょうたん島」と同じ人たちやったから、イメージが似かよっていて損をしているけど、これもなかなかナンセンスな味で好きやった。「ナレーちゃん」というナレーター役のお姉さんの人形が妙に色っぽく「ポンポーン」と言うてましたな。
 一番記憶に残ってるのは、夏休み期間のあと、登場人物がそろって出てきたはいいが、夏休みボケで自分たちが何の番組に出ていたか忘れてしもうてるという回。「チロリン村とくるみの木」からはじまって歴代の人形劇のタイトルバックを次々と流し「これは違う!」「これも違う!」とやって、やっとこさ「ネコジャラ市の11人」の新しいテーマ(テーマ曲が途中でかわったんです。着メロに入れたのは初めの方のテーマ曲)にたどりついて「これだこれだ」と大喜びしたところで「ではまた明日、ポンポーン」となる。ただそれだけで15分間やってしまう。今考えると大胆やねえ。脚本は井上ひさし・山元護久の名コンビ。さすがとしかいいようがない。
 「ひょっこりひょうたん島」はリメイクされたし「新八犬伝」や「プリンプリン物語」のビデオ化や再放送を願う声はあちらこちらで聞くけれど、「ネコジャラ市の11人」にはあまり熱烈なファンはいてへんのかな。できたらもう一度見てみたい人形劇の一つではありますね。
 今日も後ろ向きな話題になってしもうたな。なんか過去に生きるおっさんという傾向が強うなってきたぞ。やはり時代の最先端は果てしなく遠い。

7月30日(日)

 本日、「S−Fマガジン」の書評を脱稿、すぐにメールで送る。今月はお盆進行はあるSF大会はある、で、早く原稿を送って下さいねと編集長に言われていたんで、ほっとする。
 実は今月の原稿はちゃんと書けるか心配やった。というのもこの2ヶ月、私のテリトリーであるところの「伝奇アクション」の新刊がほとんどなかったからね。ヤングアダルトに関していえば、SFが主流になってきているような気がするね。そやけどそちらは三村美衣さんのテリトリーやからね。今回はそちらに踏みこまんとあかんなあと思うてた。実際、領空侵犯しましたけどね。あとはこの日記みたいなしょうもないことをだらだらと書き連ねてなんとかごまかそうかと本気で思うてたくらい。
 ま、SFが勢いを盛り返しているのは喜ばしいと、簡単にまとめさせてもらいます。わずか5枚の原稿に勢力使い果たしてますんで。

7月31日(月)

 家庭用のファックスの用紙が切れたんで、最寄り駅前の大手スーパーまで買いにいった。だいたい家庭用のファックスなんかあんまり使わんから買い置きなんかしてへん。昨日実家からファックスが届いたら途中で紙が切れてしまい、「こんばんわ」しか読まれへんかった。結局こちらから電話して用は足りたんやけれど、それやったらファックスなんか意味ないやん。で、買いにいく。
 日用品のフロアに行くと、特売のコーナーでおもろいものを見つけた。
 蠅取り紙であります。
 今は、蠅取り紙が時代の最先端なんやねえ。ポップに「
テレビで紹介されました 安全!無害!強粘着で効果的にハエ退治!リボンハイトリ」とある。そうか、今はテレビで紹介せんと蠅取り紙が何であるかということが若い人たちに伝わらへんのか。
 ご存知ない方もいてはるやろうから、簡単に説明しておく。蠅がようけ飛んでいるところにぶら下げておく両面粘着テープであります。そこに飛んでくる蠅がべちゃあとくっつくんだ。ほぼいっぱいになったところで付け替える。昔は魚屋さんの店先によう吊り下げてあったもんです。殺虫剤をまくわけにいかんからね。魚にかかるといかん。今のスーパーみたいにパック詰めしてあるわけやないからね。
 私の幼少時にはトイレに吊ってあった。汲み取り便所やからね。蛆がわいて蠅がよう飛んでたもんです。これが困るのはちょっと油断すると蠅取り紙に頭をくっつけてしまうんだ。粘着力が強いから取るのに難儀した。
 確かに蠅取り紙は人体に安全無害ですな。殺虫剤というのはつまるところ毒薬やからね。虫が死ぬようなものが人間の体にええわけがない。そういう意味ではハウスシックの問題なんかが騒がれている現代に注目されるのも当然なんかもしれへんな。
 それにしてもこの商標はストレートやね。「ハイ」というのは古い関西弁で「蠅」のこと。リボン型の蠅を捕るものとそのものずばりのネーミングや。蠅取り紙の需要が少なくなっても何十年も作り続けてきた町工場に突如として大量の注文が来るようになったと、そういう感じかな。
 しかし、私が幼稚園に行く前のころのものがわざわざテレビで紹介されて注目されるというこの事態、もう時代の最先端は何がなにやらさっぱりわからん。


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