ぼやき日記


5月1日(土)

 SFセミナー」に行こうかなどうしようかなと迷っていた。篠田節子さんへのインタビューとか、聞いてみたいなあとか思うたんやけど、とにかく東京は遠い。昨日は落語会に行ってるし、今日も仕事があったし、5月5日には甲子園に行ってタイガースがジャイアンツをぼこぼこにするのを見る予定やし、どれも前売り券を買うてるから、今さら変更はでけへん。そう考えると東京に行くとこの連休はかなりタイトなスケジュールになる。
 東京は遠い! でも行きたい。私の気持ちは右に左に揺れておった。
 ゆらゆらっ。
 ところが、先日古典SF研究誌「未来趣味」編集の藤元直樹さんから電話がかかってきた。私は今回の「未来趣味」に寄稿しておるので、できあがったのを渡したいという用事。
「『SFセミナー』には来るんでしょう?」。
 ぐらっ。
 いえあのその、行くかどうか決めてませんので。
「それじゃあ郵送は『SFセミナー』が終わってからにしますね」。
 ぐらぐらっ。
 その直後に今度は堺三保さんから電話がかかる。「SFオンライン」への書評の依頼やった。
「で、喜多さん。『SFセミナー』には来はるんでしょう?」。
 ぐらぐらぐらっ。
「たぶんその時に書評をお願いした本が並ぶと思うんです」。
 がたがたがたっ。
 ううん、まだ行くかどうかそのなんとも迷っててねえ。
「そしたら、もし来はったら、『SFセミナー』でお会いしましょう」。
 がたがたがっしゃーん。
 というわけで、二連発で押したおされ、行くことにしました。
 電話の翌日、JR京橋まで新幹線の切符を買いに行った。
「その時間の『のぞみ』は満席ですねえ。『ひかり』も普通の指定席はいっぱいです」。
 自由席やったら座られへんかもわからんなあ。3時間も立ったままはしんどいなあ。
「『ひかり』のグリーン席は空いてますけど」。
 グ、グリーン。1等車ですか。ううんううん。割増料金を払って確実に座っていくか、金を節約して立てるか座れるか賭けるか。ううんううん。
 結局タイトなスケジュールで疲れているであろうということを見越して、グリーン車の指定券を買う。ああ、散財してしもうた。去年はゲストとしていったから参加費もただやったけど、今年は一般参加やから有料や。
 昔は夜行の鈍行列車に乗っていったもんだ。今はそんな体力はあらへん。新幹線でもグリーン車でもかかってこんかい。

 というわけで、明日の夜は東京です。次回更新は月曜の深夜の予定です。

5月3日(月) SFセミナー'99私的レポートその1

 昨日はちゃんと朝5時に起きて、新大阪7時発のひかりに乗ってさ、「SFセミナー」に行ってきたってわけだ。ちょいとかんたんなレポートを書くからまあ読んでくんな。
 だめだね、東京に行ったらすっかり江戸っ子になっちまった。こいつぁいけねぇ。
 ちゅうわけでやね、水道橋駅徒歩5分の全逓会館9Fに着いたら三村美衣さんには「なんであんたここにいるわけぇ」とか言われるし古沢嘉通さんには「グリーン車に乗ってきたんやて」と言われるし、やれやれですわ。
 本会の口火を切ったのは「文庫SF出版あれやこれや」。どれやそれや。出演は「ハルキ文庫」の村松剛さん、「ハヤカワ文庫」の込山博実さん、「創元SF文庫」の小浜徹也さん。市会は高橋良平さん。文庫復刊の話が中心。「ハルキ文庫」は創刊間もないのと村松さん自身がそれほどSFにくわしいわけやないんで日下三蔵さんなどに協力してもらい、まずは小松左京、光瀬龍、半村良といったビッグネームの作品で現在入手の難しいものを中心に復刊しているということやそうだ。小松左京の復刊が特に反響があるけど、今後は他の作家のものも少しずつ増やしていき、ゆくゆくはオリジナルなものも出していきたいという。「ハヤカワ文庫」や「創元SF文庫」は復刊フェアを中心にしてるけど、これはフェアとしてPRしていくと、たださりげなく増刷するよりもある程度確実に売り上げは見込めると、そういうような事情もあるんやという。「創元SF文庫」の場合、好評なものは何年かおいて再度復刊フェアで同じ本をいれていったりするという。売れない新刊よりも売れたりするものもあるとか。その後は現在の文庫出版事情や裏話などなかなか切実な現状が主に小浜さんの話を中心に語られた。なんか小浜さんのしゃべる分量が多くて村松さんがしゃべる機会がそれほど多くなかった。ちょっと残念。
 昼食は翻訳家の山岸真さん、「S−Fマガジン」塩澤快浩編集長、「SFオンライン」添野知生さんなどなど総勢6名でイタリア料理のお店に。場外馬券場が近いんで競馬ファンのおっちゃんたちがけっこういてはった。確かシュールストレミングの話をしたりしてたと思う。このネタは合宿でも話題にした。なんでも食うておくもんですなあ。
 続いては「スペース・オペラ・ルネサンス」。出演は「星界の紋章」などでおなじみ作家の森岡浩之さん、SF乱学者の大宮信光さん、SFに関することならアニメの設定から書評から翻訳までなんでもやる堺三保さん。森岡さんは「星界の紋章」を特に「スペース・オペラ」と意識して書いたんとは違うと強調、大宮さんは「スペース・オペラ」を独自の視点から定義づけ、堺さんはこれからの「スペース・オペラ」は「星界の紋章」にみられるようにSFの様々な側面……世界の構築や理論づけなど……を重視していくものになるであろうとなんとかまとめる。ごめんなさい、私、ちょっとうつらうつらしてて最後に堺さんがまとめたところしかちゃんと覚えてへんのです。
 昨日の晩はあんまり寝てへんのでだんだん頭が朦朧としてきたぞ。というわけで、レポートの続きはまた明日。
 舞台の写真も撮ったんやけど、帰って見たら出演者のみなさんの顔が豆粒みたいにしか写っとらん。よって本会の写真はなしです。ううむ。

5月4日(火) SFセミナー'99私的レポートその2

 徹夜なんかするもんやおまへんな。13時間くらいぶっ通しで寝てしもた。まだ体力は回復せず。年はとりたないねえ。
 で、レポートの続きです。ただし、メモなんかは取ってないから、印象に残ったところだけ。克明なレポートは「SFセミナー」のページでちゃんと出るでしょう。
 本会企画の3つ目は「『雪風』また未知なる星域へ」。「グッドラック 戦闘妖精雪風」を上梓した神林長平さんに牧眞司さんがインタビュー。「雪風」を再び書き始めたけれども、前作では「雪風」のスペックとかそういうものに最新の情報を取り入れたりしたけど、今回はあまりそういうのはしてないそうだ。というのもステルス機なんかは「卑怯じゃないですか」ということで書きたいと思われんということらしい。神林さんは機械を見ると、その向こうに作った人の姿が浮かぶのが好きやという。作った人の思想とか、人柄とか、そういうのが見えるということやね。小説を書くのは「バンジージャンプですね」という言葉も印象に残った。えいやっとばかりに自分の意志で跳び降りるのと、小説の書き始めが似ているということ。確かにそれはあると思う。私も一応童話なんぞを書いたりするけど、力をためといてえいやっという感じで書きださんと書かれへんね。
 「篠田節子インタビュウ」の聞き手は山岸真さん。篠田さんは知的な美人でありました。というか、知性がその美しさを形作っているというのか。でも、おしゃべりの中身から想像するにけっこうさばさばした性格の方のようです。子どものころ読んだジュヴナイルSFは、タイトルや作者の名前は覚えてないけれど内容はよく覚えてるんです、といってあらすじを言い始めると、山岸さんが実物を持ってきててその部分を朗読しはじめる。「そう、それそれっ」と大喜び。わざわざ探して持ってくるところが山岸さんらしいね。
 篠田さんは小説をミステリみたいにまとめてしまうのはあかんそうだ。「私の発想は拡散する方向に行くんです」。いきなりホワイトボードに「クイズです」と絵を描いて「2年前に舗装した道路の下から10年前の死体が出てきた」という謎を解いてみてほしいとおっしゃる。どこに謎があるんやと思うてると、「あらやだ違うわ。逆です逆」とあわてて訂正。舗装は10年前で死体は数ヶ月前というのが正しい。けっこうちょかな人なんですねえ。指名された大森望さんは「これはマントル対流に流されてここまできたんですね」と当意即妙の解答。そやけど、「ミステリとして答えて」というリクエストやったんやね、これ。大森さんはウケを狙うてわざとSF的に解答したんでしょう。篠田さんはかつてミステリ作家の人に同じ問いを出されたそうやけど「地底帝国のお墓は地殻の裏から地表に向かって穴を掘るからその死体は舗装より古い」とかいう答えを出して呆れられたんやそうだ。うん、そうやね。私やったら死体は液体人間か電送人間で間違うて地面に潜り込んで力尽きたとか答えそう。
 今までで一番怖かった小説の描写はレムの「ソラリス」で女性が殺しても何してもまた主人公の前に執拗に出現する場面やったそうです。
 うん、これを聞きたかって東京まで行ったんや。それだけの価値はあったと思うぞ。
 本会の企画はこれで終了。あとは合宿。山本和人さんご夫妻と喫茶店でおしゃべりしてから合宿へ。妻へのおみやげにHONDAのP−3ぬいぐるみをいただく。あと、水木しげるデザインの花札を見せてもらう。これは面白い。私も大阪に帰ってから「東急ハンズ」か「ロフト」で探そう。
 というところで長くなってきたんで、合宿の様子はまた日を改めて。

5月5日(水)

満員の甲子園
 今年も恒例のゴールデンウィーク甲子園詣でに行って来た。
 ジャイアンツ戦ということでごらんの通り超満員。ようようライト側に潜り込んだ私と友人Yは最後まで試合を満喫。というても点を取ったらじきに追いつかれる、点を取ったあとさらに追加点のチャンスがあるのに併殺打でつぶすというようなあんまりすかっとしない試合やったけど。まあ勝てばよろしい。
 今日は、ジャイアンツ戦でタイガースが勝ったあとのもようを書いておこう。TVではたいてい「勝利に沸く甲子園からお別れします」ということでいったことのない人は知らんと思うので。
 ヒーローインタビューが終わると、球場が鳴らす「六甲颪」をみんなで歌う。さてその後、万歳を繰り返したあと、また応援団のトランペットで「六甲颪」を歌い、そのままその日のスタメンの選手のヒッティングマーチをぶっ続けで歌う。ヒッティングマーチというのは打者が打席に入ってるときに応援する歌でありますね。「かっとばせえ、矢ぁ野ぉ。かっとばせえ、矢ぁ野ぉ。かっとばせえ、矢ぁ野ぉ。矢ぁ野ぉ、矢ぁ野ぉ」というような感じでメガホンを打ち鳴らして歌うあれです。
 そのあとは、応援団の(漫才師のきびのだんごに似ている)お兄さんといっしょに「勝った勝ったまた勝った。弱い巨人にまた勝った」「地獄に堕ちたジャイアンツ。地獄に堕ちたジャイアンツ」「いいぞ、いいぞ、タイガース」「いちにいさん、がおーっ」なんでもいいからみんなで叫ぶ。「次は横浜まで行ってまいりますが、応援よろしくお願いいたしまーす」「おおおーっ」ばこばこばことメガホンを打ち鳴らす。あいだあいだに「ばんざーいばんざーい」。知らん人が見てたら、どこか線の切れた集団としかいいようがございませんが、もう勝利に酔って酩酊状態なのでありますね。
帰りは真っ暗
 一通り終わって応援団のお兄さんが「どうもありがとうございましたあ」というと、今度は一般のファンが「いいぞ、いいぞ、応援団」。もうなにがなんだか。その自分になるとご覧の通り球場はもう真っ暗。照明灯は1基しか点いておらない。「まもなく閉門いたします」という場内アナウンスが聞こえてくる。
 これで終わりと思うでしょう。なかなかタイガースファンはしつこい。球場から阪神の甲子園駅までメガホンを鳴らしながら歌う一団はいる。酒盛りをはじめてる連中もいる。ようよう梅田まで戻ると、なんと梅田駅でも「勝った勝ったまた勝った」をやってる集団がある。
 さすがに私もそこまではようつきあわん。
 ともかく、こうして今年の甲子園詣でも歓喜のうちに終了したのでありました。ばんざーい。

5月6日(木) SFセミナー'99合宿私的レポート

 連休の間、やれSFだやれ甲子園だと遊び歩いてたんで、仕事に復帰したらしんどいのなんの。連休の疲れをとるために休まんならん。これこれ逆やがな。

サイコドクター
 一昨日に予告したように、「SFセミナー」の合宿の様子を書きます。今回参加した企画は3つ。まずは「サイコドクターあばれ旅・SFセミナー特別篇」。サイコドクターこと風野春樹さんによる精神医学の部屋。自分はペリー・ローダンであると主張する人、宇宙人であると主張してなんと言語まで作ってしまった人、宇宙意志が月や太陽を通じて自分たちにメッセージを送ってきているという親子など、SF的な妄想(?)を抱く人たちの症例を紹介。興味深いのは閉ざされた空間の中に複数の人がいる場合、一人が発症すると他の人にもそれが伝染してしまうというところ。そういう場合はそれぞれを引き離すとあとから発症した人が正常に戻るんやそうです。やはり人間は「人の間」と書くようにいろんな人と接して常にバランスをとってなあかんということやろうね。特定の者とだけつきあうというのは実に怖い。精神科医はいろんなタイプの患者さんと接するのでかえって一人の患者さんの症状に伝染することはないらしい。症例は特別なものとはいえ、人間についてあれこれと考えさせられる好企画。
作家ってなぁに
 続いては「作家ってなぁに?」。星敬さんが昨年からはじめた専門学校での小説講座の生徒たちを見て考えさせられたことを中心にしたお話。高卒で作家に憧れてくる生徒たちは実は小説なんか全然読まないので、作家の生活とはどんなものなのか教えても全然ぴんとこないというところやら、それが2年目になるとわずかな割合でも意欲をもって作品を書く生徒が出て来るというのが嬉しいというようなところやら、タイトルとは違うて星さんの教師開眼について語る部屋になってしもうたみたい。いやまあそれはそれでおもしろかったんやけどね。どちらかというと既にプロとして活躍してる人の方が(作家、編集者、評論家などなど)おもしろがってたような気がするね。私も教師でありますから、この星さんの教師としての喜びを語る熱さに、思わず初心にかえって聞いてた次第。
ネットワークのSF者
 最後は「ネットワークのSF者たち」。写真の森太郎さんのように参加者全員が頭に変なものをかぶっております。これは自分のハンドル名やホームページをもっている人はサイトの名前を書いてそれぞれを識別するという趣向。そうでないと、顔を見ただけでは誰が誰だかわからんわな。SFのサイトとミステリのサイトはどっちが多いかという話に始まって、インターネットを始めることにより、ファン活動に入りやすくなったんではないかというような話など。私の場合はSFのファングループに入って同人誌を出してイベントに参加して、というルートをたどって現在に至るわけでありますが、その役割をインターネットのホームページが果たしてるんと違うか、ということやけど、確かに道具としては同じ役割ではあるけど、家にいながらにしてファン活動ができることとか、一人で始めることができるところとか、発信する速度や反響の速さとか、かなり質的に違うよね。インターネットがなかったらSFのイベントには参加してなかったであろうというような人も多いようだ。人見知りするものにとってはお友だちがいないとせっかく参加しても孤独感を味わうことになるもんね。私の場合はファンジンで自分の名前が売れていたようで、「『イリュージョン』のきたてつじ」という看板があったからわりとすんなりとファンダムに受け入れられたというようなことがあったからね。今やとそれが「『ぼやいたるねん』の喜多哲士」という看板に変わったということになるんかね。
 企画のあとは森さんをはじめとする「DASACON」の人たちと歓談。ここでもシュールストレミングの話題が出た。まさかここまでこの話題がもつとは思うてもみなんだよ。
 そのほか、10年以上も会ってなかった人や「SFセミナー」、「京都SFフェスティバル」で顔なじみの人たちとか、いろんな人たちと話ができた。さすがに36のおっちゃんには徹夜はこたえたけど。
 というわけで、楽しい時を過ごさせていただきました。みなさんどうもありがとう。

5月7日(金)

 家に帰ったら早川書房から宅急便が着いていた。えらい分厚い書類やねん、これが。どうも本もいっしょに入ってるようや。
 おかしいなあ、「S−Fマガジン」の編集長から特になにか仕事の連絡があったわけではないしなあと思いつつ封を切ると、なんとゲラ刷りが入ってるやないですか。ハードカバーの単行本も同封されていた。それと、ワープロ打ちの手紙と。
 なんでも同封のハードカバーとその続編の最終ゲラで、ゲラ刷りの方は6月に出版が予定されているものやと書いてある。面白かったら「お持ちの媒体等でご紹介」してほしいとも。今まで「乞御高評」ということで本をいただいたことはあるが、ゲラ刷りは初めてや。版元は早川書房やないけど、送り主は早川書房やから、これはつまり「S−Fマガジン」で書評せえというようなことかいなと思い、すぐに「S−Fマガジン」の編集部に電話してみた。私の持っている媒体は「S−Fマガジン」か自分のホームページしかあらへんからね。で、編集長に話を聞くと、編集部気付で私と三村美衣さんに送付されてきたので転送してくれたということやった。特に「S−Fマガジン」で書評する義務はないという。
 その本はクトゥルーもので、私の守備範囲やないんやけどね。ただ、手紙の末尾に「朝松氏のご紹介です」と書いてある。朝松氏……作家の朝松健さんのことやろう、きっと。残念ながら面識はない。でも、朝松さんの書いた時代史伝奇小説やったら読む前から推薦してしまうほど大好きな作家であります。その朝松さんからの紹介とは……。ちょいとミーハーに喜んでしまう。私ゃ素人か。
 クトゥルーとくれば、「S−Fマガジン」では東雅夫さんの守備範囲やから私の出る幕はなさそうやけど。
 しかしなんやね。贈呈本にゲラ刷りを送ってくるとは驚いたね。私はこういう経験は初めてやけど、他の書評家の方はどうなんやろ。ちょっと知りたい気がする。なにしろ私の場合、ほとんど自分で書店で買うて読んで書評を書いてて、いただきものの本の書評というのは非常に少ないし、だいたい書評というのはそういうもんやと思うてるからね。いろいろあるもんですなあ、世の中。

5月8日(土)

 明日は母の日。父の誕生日も今月中にあるというので、実家の家族と高槻の中華料理店で会食する。実は妹がインターネットに接続しててこのページを実家の家族も読んでいるんですな。だから実家ネタも胸を張って書けます。いや別に胸を張らんでもええんやけど。
 で、会食中の話題も「ぼやき日記」に書いた話題になった。
 3月23日の日記に書いた「坊んさんが屁をこいた」の話から、子どものころの遊びの話題に。なぜかじゃんけんの話になる。
 例えば、何人かで遊ぶときに二つのグループに分けるときにしたじゃんけん。私は「グッパで怒りなし」というのをしていた。父も妹たちも妻もそうやった。これはつまりグーとパーしか出さんじゃんけんなんです。グーを出したもののチームとパーを出したもののチームに分けるんだ。これがなかなかグーのチームとパーのチームがうまく同数にならん。妻の出身地では「二人グッパ」というて二人だけでグーとパーのじゃんけんをしてチームを分けるという。これやったら必ず同数になりますな。妻曰く「河内の人間は気が短いから」てっとりばやくこういう方法をとるんやて。
 双六やトランプで順番を決めるときには「一人抜けたら右回り」というじゃんけんをした。これは妻はしたことがないそうだ。どういうじゃんけんかというと、3人以上で輪になって普通のじゃんけんをするんやけど、一人だけ違うのを出してたら、そこを起点にして右回りに順番をまわしてゲームをすることに決めるというもの。みんながパーやグーを出して一人だけがチョキを出してたら、その人からサイコロを振ったりカードを取ったりする。そして、右隣の人が次にサイコロを振るという具合ですな。ただし、これもなかなか一発では決まらん。「右回り。り。り。り。り」と「り」のところでじゃんけんする。その間合いがだんだん短くなって、せっかく一人だけ違うのを出して決まったと思うてたらせっかちなやつは「り」と言いながら次のをもう出してて「おい、おまえさっき何出した?」「ええ、なんやったっけ」てなことになったりする。
 よう考えたら私らはこういうじゃんけんはどこでもやってるように思うたりするんやけど、妻が「右回り」を知らなんだように全国どこでも通用するわけやないみたい。実家はニュータウンにあっていろんなところから引っ越してきてたんで妹なんか子どものころ遊ぶときに「グッパで決めよう」とかいうてもわからん子がいたとか言うてたな。
 さて、これをお読みになってるあなたの地域ではどんなじゃんけんをしてましたか。

5月9日(日)

 今日は日曜参観。出勤したということもあって、どうも日曜日という感じがせんなあ。明日が月曜という感じもしない。どちらかというと昨日が日曜で今日が月曜という感じ。どうも調子がおかしくなるね。

 4月25日の日記に書いたように、コンビニに文庫をおくという戦略をある出版社がとっている。実はそれを読んだ知人から、その裏話めいたことを聞いた。
 その出版社は、文庫は後発で、そやから、書店に十分な棚の割り当てがとれんかった。棚においてもらえるから本が売れるわけであって、新刊の時だけ平台においてもらえるけど1ヶ月たったら返本というのは出版社としては困るわね。そこで、仕方がないので窮余の一策としてコンビニ中心に配本せざるを得なかった、というようなことがあったらしい。それがいわば怪我の功名で書店売りよりも売れ行きがよいというようなことになったそうな。
 これはまあ事情の一つで他にもいろいろな理由があってコンビニ展開というようなことになったということらしいけど、上に書いたような事情もあったと、まあそういうこと。
 本というのは(特に小説は)現在全体に売れ行きが落ち込んでいるらしい。本なんか読まんでも生きていける人は多いはずですな。そこをなんとか売れるようにしようと出版社も取り次ぎも書店も知恵を出してるわけだ。ベストセラーなんかちょっとしたきっかけで生まれるかわりに何が売れるか見当がつかん時代やそうだ。実際、「本当は恐ろしいグリム童話」なんて本が売れたりするんやからね。岩波文庫の完訳版を少しでも読んでたらグリム童話の持つ残酷性を知ってるのは当然のことやと思うんやけど、子どもの絵本ぐらいでしか読んだことのない人には新鮮やったんかな。「脳内革命」というのももともと版元はそんなに売れるとは思うてなかったという話も聞く。
 ある文庫編集者の話では売れてから「なんで売れたのか」という分析はできるけど、売れる前に「これが売れる」という確信はないということ。装丁や裏表紙などの作品紹介を含めて、編集がうまくいったと思える作品はやはり売れるけど、ちょっとでも迷いが生じたようなものは売れんとも聞いた。
 コンビニ戦略もそういう意味では「コンビニにおいたら本が売れる」というような確信があってやったわけやないんやね。その形が時代に合うてたからうまいこといったというような面もあるんやろうね。その「時代」を読むのがこれまた難しい。「SFというレッテルだから売れない」とか「ホラーというレッテルだから売れる」というような単純なもんやないんやろうなあ、てな風に思うたりもするんである。

5月10日(月)

 今日は日曜参観の代休。昼からたっぷり昼寝をしてしもうた。今月はまだ「S−Fマガジン」用の書評でとりあげられる本を1冊も読んでない上に「SFオンライン」書評用の本もまだ全部読んでない。それやのにこんなことしててええんか。ええわけないでしょう。明日から家庭訪問週間なので日によっては早く帰れる時もあるから、ちょっと馬力をいれんといかんなあ。
 しかしなんであんなに寝るかなあ。そないにぼやいてたら妻に一言で片づけられてしもうた。
「ふだんから寝不足やからでしょ」。
 ごもっとも。

 ふとある歌を歌ってたらこんなアイデアを思いついた。大阪の道頓堀で青い血液の人類と赤い血液の人類が戦うという話。「赤い血、青い血、道頓堀の〜」。使えませんか。その対決の日は4月の29日で、なんとそこに緑の血液の人類も加わる三つどもえの戦いになるというのはどうか。「みどりの血」。使えませんか。
 ア、こら、そこで私の座布団を取るのは誰や。つっこみと称してぼかぼかどつくのは誰や。
「しょうもない!」。
 うちの妻は実に厳しいのであった。


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